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チョムスキーから学ぶ、AI時代のマネジメント

― 答えを教えるのではなく、答えを生み出せる人を育てる ―

目次
1.マネジメントって難しいよね
2.子どもは、なぜ言葉を話せるのか
3.人間は「文章」を暗記しているわけではない
4.世界中の言語の奥に「共通する仕組み」があるのではないか
5.100個の答えを教えても、101個目で止まる
6.「これ、どうしたらいいですか?」を減らす
7.答えではなく「答えの作り方」を教える
8.強い組織は「ルール」ではなく「原則」で動く
9.AI時代、「答えを知っている人」の価値は下がっていく
10.AIを使うほど「マネジメント」が重要になる
11.マネージャーは「答える人」から「考えられる人をつくる人」へ
12.100個の正解より、101個目を考えられる人へ

マネジメントって難しいよね

多くの経営者やマネージャー、中間管理職が「マネジメント」に悩んでいると思う。

僕自身も、マネジメントについて頭を抱えることがある。

「どう伝えたら、理解してもらえるんだろう」

「どこまで教えて、どこから本人に考えさせるべきなんだろう」

「任せるべきなのか、それともまだ細かく指示を出すべきなのか」

「どうすれば、自分で考えて動けるようになるんだろう」

人によって性格も違えば、経験も違う。

価値観も、得意なことも、仕事に対するモチベーションも違う。

だから、同じ言葉を伝えても受け取り方は違うし、同じマネジメントが全員に通用するわけでもない。

自分でやった方が早いこともたくさんある。

でも、経営者やマネージャーがすべての答えを出し続けていたら、いつまで経っても組織は自走しない。

かといって、

「自分で考えて」

と丸投げするだけでは、人はなかなか育たない。

教えすぎても育たない。
教えなさすぎても育たない。

この間をどう設計するのか。

僕は、ここにマネジメントの難しさがあると思っている。

そんなことを考えていた時に、ノーム・チョムスキーの「言語論」に触れた。

一見すると、言語学とマネジメントなんてまったく関係がないように見える。

でも、チョムスキーが考え続けた、

「人間は、なぜ教えられていないことまでできるのか?」

という問いを知った時、

これは人材育成にも通じる話なんじゃないかと思った。


子どもは、なぜ言葉を話せるのか

ノーム・チョムスキーは、世界的に有名な言語学者だ。

彼の研究には様々な変遷があるが、その根底には非常に面白い問いがある。

「人間は、どうやって言語を身につけるのか?」

考えてみると、これは不思議なことだ。

僕たちは普通に日本語を話している。

でも、

「なぜ、この文章は文法的に正しいの?」

と聞かれたら、完璧に説明できる人はほとんどいないと思う。

例えば、

「僕は昨日、友達とご飯を食べた」

これは自然に理解できる。

一方で、

「食べた僕昨日友達ご飯を」

と言われたら、

「なんかおかしい」

と瞬間的に感じる。

では、なぜ「おかしい」と分かるのだろう。

さらに面白いのが、子どもだ。

親は子どもに、

「これは主語です」

「次に目的語を置きます」

「この場合は、この助詞を使います」

なんて毎日教えていない。

それでも数年もすると、子どもはかなり複雑な文章を話すようになる。

しかも、親が話した文章をそのまま暗記しているわけではない。

今まで一度も聞いたことのない文章まで、自分で作って話す。

チョムスキーは、この人間の能力に注目した。


人間は「文章」を暗記しているわけではない

例えば、

「月曜日の朝、紫色の象が札幌駅で営業会議をしていた。」

という文章。

おそらく、ほとんどの人が人生で一度も聞いたことがない。

でも、意味は分かる。

なぜだろう。

僕たちの頭の中に、世の中に存在するすべての文章が保存されているわけではないからだ。

限られた単語と一定の仕組みを使って、

これまで存在しなかった文章を、その場で理解したり作ったりしている。

ここからチョムスキーの「生成文法」という考え方につながっていく。

人間の言語能力とは、

大量の文章を記憶する能力ではなく、

限られた要素から、新しい表現を生み出す能力なのではないか。

僕はここがものすごく面白かった。


世界中の言語の奥に「共通する仕組み」があるのではないか

日本語と英語では語順が違う。

中国語もフランス語もアラビア語も、それぞれ違う。

表面的に見れば、世界の言語はバラバラだ。

それでも人間の子どもは、どの言語環境に生まれても、その環境の言葉を驚くほど自然に習得していく。

そこでチョムスキーは、

人間には、言語を獲得するための生得的な仕組みがあるのではないか

と考えた。

これが「普遍文法(Universal Grammar)」という考え方につながる。

もちろん、

「赤ちゃんの頭の中に日本語や英語が最初から入っている」

という意味ではない。

日本語でも英語でも中国語でも、

言語を習得するための土台となる仕組みが、人間には備わっているのではないか

という発想だ。

なお、普遍文法を含むチョムスキーの具体的な理論については、現在も様々な議論がある。

だから、ここで僕が言いたいのは、

「チョムスキーの理論がすべて正しい」

という話ではない。

僕が面白いと思ったのは、その問いの立て方だ。

人間は、与えられた情報をそのまま再生するだけの存在ではない。

限られた情報から、

まだ教えられていないものまで生み出す。

この考え方を知った時、

「これって、仕事も同じなんじゃないか」

と思った。


100個の答えを教えても、101個目で止まる

会社で人を教育していると、ついつい「答え」を教えたくなる。

営業なら、

「こう言われたら、こう切り返して」

「この質問が来たら、こう答えて」

「この断り文句には、このトークを使って」

マネジメントなら、

「こういう場合はこう対応して」

「トラブルが起きたら、こう報告して」

「この場合は、この人に確認して」

もちろん、マニュアルは必要だ。

型も必要だ。

特に新人のうちは、自己流でやらせるより、まず正しい型を身につけてもらった方がいいことも多い。

でも、答えだけを教える教育には限界がある。

100個の答えを教えても、現場では必ず101個目の問題が起きるからだ。

営業なんて特にそうだ。

お客様はマニュアル通りに質問してくれない。

組織の問題も同じ。

人間を相手にしている以上、まったく同じ状況なんてほとんどない。

だから、

Aが来たらB。

Cが来たらD。

Eが来たらF。

これを100個覚えたところで、

Gが来た瞬間に、

「これ、どうしたらいいですか?」

となってしまう。


「これ、どうしたらいいですか?」を減らす

僕自身、マネジメントをしていると、

「これ、どうしたらいいですか?」

と聞かれることがある。

もちろん、質問すること自体は悪くない。

分からないことを勝手に判断して、大きな事故を起こすくらいなら確認してもらった方がいい。

でも、

すべての判断を上司に委ねる組織

になってしまったら危険だと思う。

上司がいなければ仕事が止まる。

マネージャーに質問が集中する。

意思決定が遅くなる。

そして、組織が大きくなるほどマネージャーがボトルネックになる。

だから僕は、

「どうしたらいいですか?」

と聞かれた時に、すぐ答えを出すことだけがマネジメントではないと思うようになった。

例えば、

「あなたはどうしたらいいと思う?」

「なぜそう思った?」

「今回の目的は何だと思う?」

「相手はどう感じていると思う?」

「他に選択肢はある?」

と問いを返してみる。

答えを教えるのではなく、

答えに辿り着くまでの思考を一緒につくる。

こっちの方が時間はかかる。

自分で答えを出して、

「これやって」

と言った方が圧倒的に早い。

でも、それをずっと続けていたら、

その人はいつまでも、

「上司から答えをもらう人」

のままだ。


答えではなく「答えの作り方」を教える

チョムスキーの言語論から僕が一番考えさせられたのは、ここだった。

教育とは、答えを渡すことではなく、答えを生み出せる状態をつくることなんじゃないか。

営業トークを100個覚えさせることではない。

「なぜ、この質問をするのか」

「なぜ、この順番で話すのか」

「顧客は何に不安を感じているのか」

「そもそも営業とは何なのか」

まで理解してもらう。

そうすると、

マニュアルに書いていない質問が来ても、

自分で考えられるようになる。

僕はこれを、

仕事における「文法」を教える

という感覚で考えると分かりやすいと思っている。

文章を丸暗記するのではなく、文法を理解する。

営業トークを丸暗記するのではなく、営業の構造を理解する。

マネジメントの正解を丸暗記するのではなく、人や組織を見るための原則を理解する。

そうすれば、未知の状況でも自分で答えを生成できる。


強い組織は「ルール」ではなく「原則」で動く

これは組織づくりにも同じことが言える。

会社が大きくなるほどルールは増える。

経費はこうする。

契約書はこうする。

クレームはこうする。

報告はこうする。

遅刻したらこうする。

もちろん、ルールは必要だ。

でも、会社で起きるすべての出来事をマニュアルに書くことなんてできない。

必ず例外が起きる。

だから僕は、

ルールのさらに上に「判断原則」が必要だと思う。

例えば、

「約束を守る」

「時間を大切にする」

「問題を隠さない」

「相手への敬意を忘れない」

「迷ったら短期的な利益より長期的な信頼を選ぶ」

こうした原則が組織の中で共有されていれば、

マニュアルに書いていない問題が起きても、

社員自身が、

「この会社だったら、どう判断するべきだろう?」

と考えられる。

MVVやバリューも、壁に貼るためにあるのではないと思う。

迷った時に、

自分たちで答えを生成するための判断基準

として存在するべきだ。

それが本当に浸透して初めて、組織は少しずつ自走していく。


AI時代、「答えを知っている人」の価値は下がっていく

そして、この話はAI時代になるとさらに重要になると思う。

今はChatGPTに聞けば、

文章を書いてくれる。

営業トークも作ってくれる。

企画のアイデアも出してくれる。

資料の構成も考えてくれる。

情報も整理してくれる。

昔は、

「たくさん知っている人」

「正解を覚えている人」

に大きな価値があった。

もちろん知識は今でも重要だ。

でも、知識を持っているだけでは差別化しにくい時代になってきた。

だからこれから重要になるのは、

「答えを知っているか?」

だけではなく、

「答えを生み出せるか?」

だと思う。

なぜ?

本当にそうなのか?

目的は何なのか?

何が問題なのか?

相手は何を求めているのか?

他の選択肢はないのか?

そもそも、この問い自体が正しいのか?

こうやって問いを立て、

自分の経験や価値観を使って考え、

必要であればAIも使いながら、

自分なりの答えをつくれる人。

僕は、これからそういう人の価値がますます高くなると思っている。


AIを使うほど「マネジメント」が重要になる

AIが優秀になれば、

「人を育てる必要がなくなる」

と考える人もいるかもしれない。

僕はむしろ逆だと思う。

AIが答えを大量に出せるようになるからこそ、

その答えをどう判断するのか

が重要になる。

AIが出した答えをそのまま使うのか。

疑うのか。

修正するのか。

別の問いを立てるのか。

最後に決めるのは人間だ。

だからAI時代のマネジメントでは、

単純に作業方法を教えるだけでは足りない。

「どう考えるか」を育てること

が、これまで以上に重要になると思う。


マネージャーは「答える人」から「考えられる人をつくる人」へ

僕自身もまだまだ試行錯誤している。

頭を抱えることもある。

「なんで伝わらないんだろう」

と思うこともあるし、

「もう自分でやった方が早い」

と思うこともある。

でも、そこで全部自分でやってしまったら、組織はいつまでも僕に依存する。

僕が100個の問題を解決する組織より、

10人がそれぞれ10個の問題を解決できる組織の方が強い。

100人になれば、その差はもっと大きくなる。

だからマネージャーの役割は、

すべての問題に正解を出すことではない。

メンバーの頭の中に、

「自分で答えを生み出すためのOS」をつくること。

そのために、

知識を教える。

型を教える。

失敗させる。

フィードバックする。

問いを投げる。

なぜなのかを考えさせる。

そして最後には、

上司がいなくても自分で判断できる状態まで持っていく。

それが人を育てるということなのかもしれない。


100個の正解より、101個目を考えられる人へ

チョムスキーが考えた大きな問いの一つは、

「人間はなぜ、教えられていない文章まで生み出せるのか?」

というものだった。

言葉を丸暗記しているだけではない。

限られた経験や情報から、

新しい表現を生み出していく。

僕はこの考え方から、人材育成について考えさせられた。

仕事も同じなのかもしれない。

100個の正解を覚えることより、

未知の101個目に出会った時に、自分で考え、自分なりの答えを生み出せること。

だから僕自身、

「これをやって」

だけではなく、

「なぜ、そうするのか」

まで伝えられる人でありたい。

そして、

答えを与えるだけの人ではなく、

答えを生み出せる人を育てられる人でありたい。

AIによって「答え」が簡単に手に入る時代だからこそ、

人を育てるということの意味も変わっていく。

答えを教えるのではなく、答えを生み出せる人を育てる。

それが、僕がチョムスキーの言語論から学んだ、

AI時代のマネジメントの一つの答えだ。

倉島颯汰

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