オタクで集まって政治的デモを行う前に見て欲しい記事(追記)

はじめに

たった半日で賛否どちらの反応もいただけたこと嬉しく思います。
深夜に勢いで書いたただの愚痴があまりに広まってしまったため、これは自分の言葉の重みがまるで変わってくると思い、記事を書き直しました。

なお、記事を消すのはよくないと考えたため、修正前の全文はこの記事の下に別記事で残してあります。
今の考えになる前のかなり強い主張をしてますが、こういう考えの時もあったと感じているため残しています。ぜひどちらとも目を通していただけると幸いです。

肯定も否定もどっちも受け付けます。


改めて、これは個人的な意見(気持ち)のつもりで書いてますが、あくまで最後まで目を通してから判断してくれると嬉しいです。

事の発端

先日Xで、とあるアカウントが某ゲームシリーズを中心としたデモ活動を秋葉原の路上で実行しようとしました。
公共空間での実施方法や手続き面についても疑問の声がありました。
(自分含む)批判意見が集まり該当イベントは中止になりました。

しかし、何がダメだと感じたのか、そもそもこの出来事の事も、変更前の執筆時点ではちゃんと明文化できていなかったと感じています。

何がダメだと感じたのか

今回自分が問題だと感じた点には、少なくとも二つの層があります。
一つは、公共空間での活動として適切だったのかという点。
もう一つは、コンテンツやキャラクターが政治的主張の象徴として見られることへの抵抗感です。
前者は手続きや迷惑行為の問題であり、後者はファン感情や表現の距離感の問題だと思います。

先に自分が懸念していることは

「コンテンツの印象が、個人の政治的主張によって一方的に変わってしまうことへの不安がある」
「キャラクターや作品が、特定の政治的立場の象徴として扱われることには慎重でありたい」

↑簡潔に自分が考えてるのはこれです。

自分や誰かが愛したキャラクターが、知らない誰かの何かの目的のための象徴の為に動き出す。

そして、秋葉原という不特定多数の前で政治的主張が行われる。

実施されれば、通行人への影響も懸念される

これがコンテンツのイメージに悪影響を与える可能性がある、と自分は感じました。

政治参加とコンテンツ利用の境界

自分は記事を書き直す中で、自分が納得する良い落としどころがないか、頭を悩ませました。
自分はたとえ賛同できる意見であっても自分の好きなコンテンツがそういった場に持ち込まれるのは良いとは考えていませんでした。

一方で、「趣味を共有する人同士が政治的な問題について集まること自体は否定されるべきではない」という意見もあります。
政治は生活と切り離せないものであり、趣味のコミュニティから社会問題への関心が生まれることもあります。
その意味で、自分の最初の書き方には、政治参加そのものを遠ざけるように読める危うさがあったと思います。

秋葉原の件で思考が止まっていましたが、
政治を語ることは大事であり、そのために趣味が共通する人で集まっても何ら問題がないことに執筆時点では気付いていませんでした。

賛同者の中にも、反対者の中にも、さまざまな意見がありました。

賛同

・ペンライトでも禁止にすべき
・政治的な主張に赤の他人を巻き込むな
・他人の著作物を勝手に政治利用するな

反対

・オタクが好きなコンテンツのグッズ持ってデモに参加することを、プロパガンダ(世論誘導)と一緒にするのはさすがに失礼
・オタ活と政治活動を結びつけることでデモのハードルが低くなる側面はある

これは、今回の件に限った話ではありません。
海外でも直近、政治家や政府系アカウントが既存のアニメ・映画・ゲームなどのイメージを使って政治的な投稿を行い、議論を呼ぶ例がありました。

国内でも、名前は挙げませんが、コスプレや加工画像などによって、特定の作品やキャラクターを想起させる形で政治的主張や社会的対立の文脈に用いられることがあります。

作品をどう受け取るか、キャラクターに自分の考えを重ねること自体は自由です。その引用や表現が結果として特定の政治的立場と強く結び付けて受け取られるようになると、作品やキャラクター、公式、他のファンまでその文脈に巻き込まれて見えてしまうことがある。自分が不安に感じているのは、まさにその点です。

自分も当初は強く反対する気持ちが先に立っていましたが、今は少し整理して考えています。
大事なのは、政治参加そのものを否定することではなく、
「コンテンツやキャラクターが矢面に立つ形にならないよう注意すること」
だと思います。

キャラクターやコンテンツは、個人の思い入れを重ねられる存在ではあります。
ただし、それを政治的主張の代弁者のように扱う場合は、より慎重であるべきだと思います。

コンテンツを身につけて、自分の考えを伝えるということは、同時にコンテンツの印象を背負うという覚悟が必要だと感じます。

意見がキャラクターに憑依しないよう、
慎重に扱わなければと考えています。

発言や表現は自由だが、言った結果への批判や信用低下は自分の責任になります。その責任をコンテンツやファン全体に負わせるような形になるなら、慎重であるべきだと思います。

もちろん、公式や作者が明確に歓迎・許諾している場合は別だと思います。

政治は繊細

政治的な話題は、扱い方によって誰かを強く傷つけたり、対立を大きくしたりすることがあります。
だからこそ、語るべきではなかったというより、語るなら言葉の選び方にもっと慎重であるべきだったと感じています。

この記事をXにて共有したところ、賛否ともに様々な意見をいただきました。特に否定的な意見を頂いた方の一部には直接リプライを送り、フィードバックをいただきました。(ありがとうございます。)

色々な意見をいただきました

想像以上に伸びてしまい、拙文がこのような形で拡散してしまうことは予想外でしたが、おかげで色々な意見を得ることができました。

この記事については他の方の意見を取り入れ切れておらず(全然見切れてない)、書き足りない部分があるのでもう少し加筆予定です。

ただ、「〇〇はどうなんだ」「〇〇についても語るべき」とか聞かれますが、すべての論点をこの記事内で扱うことは難しいため、今回は自分が最初に問題提起した範囲に絞って書いています。

最後に

自分の考えが180度変わったわけではありませんが、
たくさんの意見が聞けたことは大きかったです。
引用などで指摘をしてくださった皆様、ありがとうございます。
最初中立性や根拠にかけた間違いだらけの記事になってしまったことは申し訳ございません。

-----以下は変更前の記事です。-----

間違いも多いし今とまったく考え方が違うので注意

https://note.com/preview/nda95aa51f821?prev_access_key=16e2c776dc27ab38659b143504536ae0

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