双子のベビーカーが乗らないバスを見送って、「在宅」と検索した

【読了目安:約6分】


10時14分のバスを、私は見送りました。双子用のベビーカーが、乗らなかったからです。その日は、転職活動のためにハローワークへ行くつもりでした。


横に並ぶ型のベビーカーです。ノンステップバスでしたが、車内には立っている人が何人もいて、たたまないと入れない幅でした。たためば、2歳の子が2人、私の両手だけで立っていることになります。


運転手さんは、何も悪くありません。「すみません、次にします」と言って、一歩下がりました。次は40分後です。40分後に乗れる保証も、特にありませんでした。


帰り道、片手でベビーカーを押しながら、私はスマホに「在宅」と打ちました。


面接会場まで、この2人をどうやって連れて行くの。


■ 見送ったのは、バスではなくて、その日の予定でした


出産前は、駅ビルの雑貨店で7年働いていました。最後の年の時給は1,080円。週5日で、手取りは14万円台でした。産休のない契約だったので、双子だとわかった時点で退職しています。保活をして復職するつもりでした。本気でそう思っていました。


その日、家を出るまでに1時間20分かかっています。おむつ2人分、着替え2人分、飲みもの、ぐずったとき用のもの。2人を順番に着替えさせて、順番に乗せて、玄関の段差をベビーカーごと降ろす。


1時間20分かけて、バス停で終わりました。


家に帰って、お昼ごはんを食べさせながら、私は自分に腹を立てていました。あとで気づいたのは、腹を立てる相手を間違えていたということです。私は準備をさぼったわけでも、遅れたわけでもありません。ただ、幅が足りなかった。


■ 転職活動のうち、私にできないのは1工程だけでした


これに気づいたのは、しばらくあとです。


求人を見ることは、できます。寝かしつけのあと、暗い部屋でスマホを開けばいい。条件を比べることも、履歴書の下書きを書くことも、夜のうちにできます。実際、求人サイトのお気に入りには11件たまっていました。


応募した件数は、0件でした。


止まっていたのは1工程だけです。面接です。面接だけが、決まった時刻に、決まった場所へ、この2人を連れて移動することを要求してきます。


逆算するとこうなります。往復の移動で2時間。面接そのものに30分から1時間。前後の余裕。合計で半日です。その半日、2歳が2人、どこにいるのか。預けるなら2人分の枠が、同じ日の同じ時間に空いていないといけません。


11件をお気に入りに入れながら1件も応募しなかったのは、迷っていたからではありませんでした。最後の工程で必ず詰むと、心のどこかで先に分かっていたからです。


在宅にできた人の話は、いくらでも見つかります。

まだ動けていない人の話が、見つかりません。

だから、まだ途中の人のための場所を作りました。いまの仕事から考えるスレッドと、望む働き方から考えるスレッドがあります。

▼くるみの掲示板:https://kurumi-seven.vercel.app/community


■ 「外出・移動が困難」は、2019年の調査で89.1%でした


数字を一つだけ置きます。


多胎育児のサポートを考える会という団体が、双子以上の多胎家庭の保護者を対象に「多胎児家庭の育児の困りごとに関するアンケート調査」を行っています。有効回答は1,591件。調査期間は2019年の9月から10月で、同じ年の11月7日に、厚生労働省での記者会見で発表されました。


その結果に、こうあります。多胎育児中に「辛い」と感じた場面について、約9割が「外出・移動が困難」と回答した。89.1%です。


正確に言うと、これは「外出が困難な人の割合」ではありません。つらいと感じた場面として、外出・移動の困難を挙げた人の割合です。私はこの言い方のほうが、実感に近いと思いました。困難そのものより、それが毎回つらい、というほうが本当だからです。


同じ発表には、寄せられた声も載っています。2人が同時に泣くかもしれないと思うと不安で公共交通機関を利用できない、というものがありました。私がバス停で一歩下がったときに考えていたことと、ほとんど同じ文でした。


この調査は6年以上前のものです。これより新しい全国規模の同じ調査を、僕は見つけられませんでした。だから、いまも89.1%だとは書きません。ただ、バスの幅も、大人1人が抱えられる人数も、この6年で変わってはいません。


【動けないのは、あなたの気持ちの問題ではなく、幅と人数の問題です。】


■ 「預けてから行けばいい」が難しい理由も、同じ調査に書いてありました


同じ発表の中に、こういう一文があります。外出困難かつ、現行の育児補助サービスが単胎家庭向けになっている状況もあり、多胎家庭が一時保育やファミリーサポートの補助を受けにくく、結果的に孤立してしまうケースも見受けられます。


預けてから行けばいい、は正論です。ただしその正論は、預け先が2人分同時に空くことを前提にしています。


同じ調査で「どのようなサポートがあれば気持ちが和らぐか」を聞いた結果も出ています。1位は家事育児の人手で1,086名、68%。2位が金銭的援助で891名、57%。3位が子を預ける場所で831名、52%でした。


お金より人手が上に来ています。私はここを読んで、少しだけ救われました。足りないのはやる気ではなく、手の数だったんだ、と書いてあったからです。


■ 求人を探すのをやめて、先に「面接できる形」を決めました


順番を逆にしました。求人を探してから面接のやり方を考えるのではなく、面接できる形を先に決めて、その形に合う求人だけを見ることにしたんです。


やったことは三つです。


ひとつめ。求人サイトの検索条件に、オンライン面接可を入れました。入れると件数は激減します。でも、その減ったあとの件数が、いまの私が実際に応募できる求人の数です。11件のお気に入りは、はじめから母数ではありませんでした。


ふたつめ。ハローワークには、行く前に電話しました。職業相談をどこまで電話でできるのか、子ども連れで行きやすい時間帯はあるか、待合にスペースはあるか。行ってから分かるのが、いちばん高くつきます。バス1本ぶんの体力は、もう予備がありません。


みっつめ。住んでいる市区町村に、多胎家庭向けの支援があるか聞きました。移動の支援やサポーターの派遣があるかどうかは、自治体によってまったく違います。うちの場合はほとんどありませんでした。無いとわかることにも意味があります。無いなら、他の二つに時間を寄せられます。


面談で出会った方の例を書きます。双子が2歳半のときにお会いした方でした。オンライン面接可で絞ったら、見られる求人は10分の1以下になったそうです。それでも、その中の1社に応募して、その方は初めて面接まで進みました。あとから言われた言葉が忘れられません。11件をながめていた半年より、3件しかない画面のほうが、動けました。


■ 「在宅」と検索したのは、ラクをしたかったからではありません


これだけは書いておきたいのです。


あの日、私が「在宅」と打ったのは、家で働けば自由になれると思ったからではありません。バスに乗れないという一点から逆算したときに、面接まで行ける形として、それが残っただけです。


在宅にも、ちゃんと代償があります。子どもが家にいる時間にどう仕事の時間を作るのか。収入がいったん下がる時期をどう越えるのか。職場の人と毎日顔を合わせないことで、相談相手が減ることもあります。私はそれを軽く見ていません。在宅はゴールではなくて、入口です。


いまも、何も決まっていません。決まったのは、次に何をするかだけです。


でも、あの日バス停で一歩下がったのは、私が弱かったからではなかった。それだけは、はっきりしました。乗れなかったのは私のせいではない。ただ、次のバスに乗れる形を作れるのは、私しかいませんでした。


あなたが最後に見送ったのは、どのバスでしたか。そのとき、腹を立てた相手は誰でしたか。


筆者のことを少しだけ。新藤健人と申します。人材業界に10年あまりいて、2,000名以上の方のキャリア面談をしてきました。国家資格のキャリアコンサルタントでもありますが、いちばんの肩書きは「たくさんの人の迷いを見てきた人」だと思っています。


いまは首都圏からつくばへ移り、家でフルリモートの仕事をしています。4歳の娘の父で、朝は妻と娘を「行ってらっしゃい」と見送り、掃除や洗濯をすませてから仕事にとりかかる日々です。


この生活にたどり着くまでの記録も、このnoteに書いています。よかったら他の記事も覗いてみてください。


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