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【短編小説】二十三時の屋上庭園

終電を逃してしまった。

それだけのことだった。

残業が長引いて、
気づけば時計は二十三時を回っていた。

俺は会社のエレベーターに乗り込み、
一階のボタンを押そうとして、
ふと思い出した。

そういえば、このビルには屋上庭園があったはずだ。

昼休みに一度だけ行ったことがある。

小さな花壇とベンチが並ぶだけの場所だ。

「でも、
こんな時間に開いているわけがないか。」

そう小さく呟きながらも、
興味本位で「R」と書かれたボタンを押してみた。

不思議なことに、扉は開いた。

屋上にはもちろん誰もいなかった。

高層ビルの灯りが、
夜空に散らばる星みたいに見える。

昼間は気づかなかったが、
花壇には季節の花が植えられていた。

終わりかけのアガパンサス。

風鈴草。

夏を迎えようとしている向日葵。

名前の知らない小さな花。

その間を縫うように、
夜風が吹いている。

「今日はさすがに疲れたな。」

そう言いながら、
俺はベンチに腰を下ろした。

都会の夜は静かではない。

目を閉じると、
遠くで電車が走る音がする。

車の音も聞こえる。

それなのに、
ここだけは少し違っていた。

まるで時間が一歩遅れて流れているみたいだった。

ふと足元を見る。

花壇の脇に、
小さな札が立っていた。

昼間には無かったはずだ。

そこには、
『二十三時以降の花は“今日を咲き終えた花”です』
と書かれていた。

意味がわからなかった。

けれど、
よく見ると花びらの先が淡く光っている。

街灯ではなく、
月明かりでもない様子だった。

花そのものが光っている。

俺はしばらく黙って眺めていた。

すると風が吹き、
一枚の花びらが空へ舞い上がった。

不思議なことに落ちてこない。

花びらはビルの谷間を越え、
夜空へ溶けるように消えていった。

その後を追うように、

もう一枚。

さらにもう一枚。

花たちは、一日を終えるたび、

少しずつ空へ帰っていくらしい。

「きれいだな。」

俺は腕時計を見た。

二十三時三十二分。

終電が無くても、
もう戻らなくてはならない。

立ち上がって振り返る。

花壇はいつも通りだった。

光も消えている。

札もない。

夢だったのかもしれない。

けれどエレベーターに乗る直前、
夜空の高いところで、
白い花びらがひとつだけ瞬いた気がした。

まるで今日という日が、
最後に小さく手を振ってくれたみたいだった。

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