「杉本博司 絶滅写真」を観た
たかが写真されど写真。その逆もしかり。
最近思うのは観光地などに行ってよく目にするのは景色などを眼で見るよりももっぱらスマホで撮影するだけといった人々の姿である。
眼で見た景色はリアルだけど、スマホであとから見る景色はリアルなんだろうか。写真って「真」を「写す」っていうけど、それは昔の人はそう思っていたからであって、今や写っているものがリアルとは必ずしもいえない。
そんな写真をめぐる虚実という問題意識を長らく持って活動してきたのが現代美術作家の杉本博司さん(1948年生まれ)だ。
「杉本博司 絶滅写真」展が2026年9月13日(日)まで東京国立近代美術館(東京都千代田区北の丸公園3-1)で開催中だ。
杉本さんはこうも言っているー「世界がこのようにあるというのは脳内現象の思い込みにすぎないのかもしれない」と。

杉本さんは1970年代半ばに発表した〈ジオラマ〉シリーズでデビューして以来、ニューヨークと東京を拠点として活動している。コンセプチュアルな写真作品で早くから国際的な評価を確立して、21世紀に入ってからは建築、舞台芸術の演出などジャンルを超えた活動を展開している。
今回の展覧会は、杉本さんの多彩な創作活動の原点そして中心ともいえる銀塩写真に改めて焦点を当て、約65点が紹介されている。
写真の世界がもはやデジタル化して、銀塩写真はいわば「絶滅危惧種」ともいえることがあり、そのうえ杉本さん自らの作家活動の終幕を見据えているということからつけられた「絶滅写真」というタイトルだ。
冒頭の写真は杉本さんの代表作「海景」の展示風景だ。
地平線を境に空と海に分かたれている光景の写真が並ぶ。
そこには、我々人類はそもそもは母なる海から生まれ、その記憶が海を見ることによって太古にまで遡って蘇るのではないかとの思いがある。
杉本さんは「私の血は、何百世代、何千世代前の先祖の血と繋がっているはずだ。その先祖が見ていた海は、今私が見ている海と、おそらく大きくは変わっていないのではないかと私は思う」と「自伝 影老記」(新潮社)に書いている。さらに「私は世界中の海を巡り、その「場」を撮影して見ようと思った。私は先祖の魂に憑依したいと思ったのだ」という。

杉本さんは各作品に自作の狂歌を添えている。
この作品には次のような歌がついているー「続く崖むこう岸にはノルマンディー いくたのいくさおもい巡りて」。

アテナイであてもないのに戦かな マケドニアには負けられまへん
こうした狂歌を読むと杉本さんの諧謔(かいぎゃく)精神がよく分かると思う。この精神は父親譲りらしい。
父親は落語家を目指し、のちには落語界のパトロンのようになる。子ども時代の杉本さんはよく新宿の末廣亭に連れていかれたそうだ。
諧謔精神と反骨心。杉本さんが写真を志したのは写真がアートの世界で絵画より劣る位置づけだったことに反発してのことだった。
だから、2009年に高松宮殿下記念世界文化賞を受賞したが、受賞したのは皮肉なことに絵画部門だった。「嬉しくも悲しかった」と述懐する杉本さん。「絵は絵空事を描くメディアだ。写真は真実を描くメディアなのだ。見損なってもらっては困る、と言いたかったのだ」。
さて、「海景」と同じ第一章の〈ジオラマ〉には「海景」よりもよりもはっきりと人類の歩みに目を向ける杉本の姿勢が分かる写真作品がある。

この作品の説明に「人類の来た道」とある。添えられた狂歌は「けだもののみちきわめてきていまのひと ひととは言えどいまもけだもの」。
そうなのだ、人はおごり高ぶってはいけない。しょせん自然の一部に過ぎない人間が自然を御することが出来るなどとのぼせ上れば罰を受ける。

狂歌は「家畜さんえらい迷惑かけてます 乳搾取あげくのはてに肉くわれ」。何と動物に対してフラットな姿勢なのだろう。ともに同じ命だという認識がそこにはある。そして他の命によってしか生きられない宿命。
「劇場」では、映画をずっと撮影し続けたらどうなるのか。「映画一本を写真に撮る」という実験的な作品が紹介されている。
「映画を写真に撮ってみた。そうしたら嘘も真も、真っ白に、白々しく、白けてしまった」とここにも杉本の諧謔精神がある。
次の作品は、ジョン・トラボルタ主演で大ヒットした「サタデーナイトフィーバー」を上映した画面を取り続けたものだ。

廃墟となっている劇場でディズニーの初期名作「白雪姫」を写しているのを撮影した作品である。21世紀になると、20世紀初期に栄えた一部の都市の廃墟化が顕著になっているという。とりわけアメリカ中西部のラストベルト地帯はすさまじいことになっている。
杉本さんは朽ち果てた劇場に映写機を持ち込んで「白雪姫」を投影して見た。狂歌は「白雪姫の舞い降る御殿跡 諸行無常の花や散るらん」。

第二章は「観念の形」と銘打たれている。ここの作品たちの背景には、杉本さんが1979年からおよそ10年間古美術商を営んだ経験がある。数百年の時を経て、今、眼の前にもたらされている古美術品と対峙するという古美術商としての日々の営みがあるのだ。
そこでは建物を焦点ボケで撮影した作品が並ぶ。これは建築家が頭の中で構想したイメージを映し出したいという試みである。

米同時多発テロによる崩落2年前の姿を捉えた作品も。

「ステアライズド・スカルプチャー」という作品群は、人間はその始まりから衣服を手放せなくなった。その衣服に焦点を当てている。

第3章はこの展覧会のテーマでもある「絶滅写真」。実在した人物を蝋人形を撮影することによってこの世に生まれ返らせている。作品の年代がその人物が他界した時期からかなり後であることにドキッとさせられた。

狂歌はこうだー「すめらぎのひととなりたまひしに くにのかたちぞうつろいにけり」。うーむ、杉本さん!

「うつつよにおとぎばなしのおひめさま この世になじむこともなければ」との狂歌が添えられていた。
開館時間は午前10時から午後5時(金土曜日は午後8時まで)。入館は閉館30分前まで。休館日は月曜日。
観覧料は一般2300円、大学生1200円、高校生700円。
問い合わせは℡050-5541-8600(ハローダイヤル)。展覧会公式サイトは https://art.nikkei.com/sugimoto/
