藤井風 フジロック 2026:ライブレポ(新潟)
ついに念願が叶い、家族5人で藤井風のライブに参加してきました。
2020年以来、わが家は藤井風の音楽に満ちています。車でも家でも当たり前のように風の曲が流れているため、子供たちが鼻歌を歌えば、だいたい藤井風。本人たちが自覚しないうちに、着々と英才教育を施してきました。
子供たちはみんな風の歌が大好きで、僕たち夫婦がライブへ行くたびに「自分も行きたい」と言っていました。しかし、親子席にはなかなか当選しません。とりわけ子供③(小学3年の娘)は、以前から「『まつり』をママと一緒に踊りたい」と願っていました。この機会を逃したら、家族全員で参加できるチャンスはもうないかもしれない。そう思い、すぐにチケットを取りました。
参加したのは、2026年7月25日(土)の一日だけです。とはいえ、小さな子供たちをフジロックという過酷なフェスへ連れていく以上、準備は入念にしておく必要があります。
会場内の移動や休憩を快適にする有料サービス「FUJI ROCK go round」の専用パスを購入し、前日は妻の実家がある群馬に宿泊。当日は無理をせず、土曜日だけ参加する計画を立て、それなりに早い時間に出発しました。
妻とは音楽の好みがかなり近いため、誰を見るかで揉めることはありません。当日のお目当ては、Bialystocks、Kroi、cero、そして藤井風。まずは11時からのBialystocksを目指しました。
ところが、10時半ごろ、予約していた会場近くの駐車場に到着すると、信じがたい事態が待っていました。
駐車場に入れないのです。
スタッフに事情を尋ねると、前日から停めていた車が利用時間を過ぎても移動されておらず、僕たちが予約したスペースを使えないとのこと。車の持ち主に電話をかけてもつながらないらしい。「ほかの駐車場を探してもらってもいい」と言われ、一応周囲を探してみたものの、この時間に空きがあるはずもありません。
土砂降りのなか、30分以上も車内で待ち続け、ようやく同じ会社が管理する別の駐車場へ案内してもらうことになりました。
結局、Bialystocksには間に合いませんでした。酷くないですか……。
「こういう場合、何か補償はないのでしょうか」と尋ねても、何もできないとのこと。いったい前の利用者に何があったのかはわかりませんが、予約した駐車場に停められない事態など、まったく想定していませんでした。
とはいえ、いつまでも憤っていても仕方がありません。どうにか車を停め、ようやく会場へ。わが家の最大の目的は藤井風です。開演の19時までは、まだたっぷり時間がある。まずはキッズエリアへ向かい、子供たちを遊ばせることにしました。遊び場のフィールドワークをしている研究者としては、とても個性的な遊具で、ずっと眺めていたいのですが、人も多いし、暑いしでわりとすぐに退散することになりました。


その後、「FUJI ROCK go round」の休憩所でひと息ついてから、WHITE STAGEのKroiへ。とにかく子供連れはまめにトイレに連れて行くことが大事。そのためには高額でもgo roundパスは必須だと思いました。涼しい場所で水分補給して体も休めるような場所があるのは、小さい子供や高齢の観客にとってありがたいことです。
Kroiは以前から好きで、Spotifyでもよく聴いていましたが、ライブを見るのは今回が初めてです。演奏はすばらしく、とにかくグルーヴィーでファンキー。ヴォーカルもめちゃくちゃいい。音が一つの大きなうねりになって観客を巻き込んでいく。ぜひワンマンライブにも行ってみたいと思いました。

続いて、RED MARQUEEへ移動してcero。Kroiと時間が重なっていたため冒頭には間に合いませんでしたが、バスを降りて会場に着いた瞬間、大好きな『Orphans』が始まりました。この曲も長く聴き続けてきたので、生で聴けただけで大満足。遅れて到着したことが、むしろ絶妙なタイミングを生んでくれました。
そして、いよいよ待ちに待ったGREEN STAGEの藤井風へ。
混雑を見越して2時間半前に移動しようと思ったのですが、はい、きました。絶妙のタイミングでのおトイレ。ちょっと信じられないくらいの行列ではないですか。バスに乗ってgo roundの休憩所にあるトイレに戻れば確実だけれど、ロスもすごい。どこから並べばいいのかスタッフの方に尋ねると、なんと小さい子は優先トイレに行っていいとのこと。助かった……。それにしてもトイレの数足りてない。というか、もっと点在させたほうがいいのではないでしょうか。
ともあれ、2時間ほど前には移動でき、BASEMENT JAXXの後半を楽しみながら、そのまま待機しました。午前中は豪雨に見舞われたものの、昼ごろから天候は安定し、次第に晴れ間も見えるようになりました。まさに「フジイ晴れ」。気温もそれほど高くなく、子供連れとしては本当にありがたいコンディションです。
こうして、快適な状態で藤井風のライブを迎えることができました。
ついに藤井風のライブが始まる。
今回のステージでとりわけ印象的だったのは、楽曲を単に大きな会場向けに演奏するのではなく、フェスという場所に合わせて、音と登場の仕方の双方を組み替えていたことです。
GREEN STAGEは巨大で、観客と演者の距離も遠い。通常なら、その隔たりを大型スクリーンや派手な映像によって埋めようとするところでしょう。しかし風は、まずステージの外側から観客のただなかへ入り込み、身体と音によって距離を縮める方法を選びました。
やがて時間になり、スクリーンに映像が映し出されます。
風が、カレーらしきものを食べている。以前より少しシュッとしたようにも見える。いったい何を見せられているのだろうと思っていると、「え、わし?」というようなリアクションを残して映像が消え、SEが流れ始めました。キーボードの音が続いたあと、突如としてサックスの音が会場に響き渡ります。
音のする方向を見ると、風がステージではなくPA席付近から、サックスを吹きながら客席の中を進んでくる。完全なサプライズ登場です。会場全体が一気に沸き立ちました。
これは単なる意外性のための演出ではなかったように思います。風がまず「歌手」としてではなく、一人の演奏者として観客の間に現れ、サックスの生音によって広大な会場を横断していく。ステージ上のスターを遠くから仰ぎ見るのではなく、演者が観客と同じ地平に立ち、徐々に舞台へと近づいていく。その移動自体が、観客席とステージの境界を一度解体し、これから始まるライブの空間を作り直すための導入になっていました(「藤井風論」を読んでくれている方はわかるはずです)。
ここで思い出されるのは、2021年のアリーナツアー「Fujii Kaze “HELP EVER ARENA TOUR”」神戸公演2日目です。その日は夕方から大雨となり、開演直前にマネージャーの河津知典が「客席から登場しちゃう?」と提案し、サプライズで客席から登場しました。今回も、午前中の悪天候のなか会場を訪れた観客への贈り物だったのでしょうか。そんなことを考えながら、会場を縫うように進むサックスの音に酔いしれました。

01 ガーデン
サックスの音が鳴りやみ、ステージに上がった風がマイクスタンドの前に立ちます。そして、アカペラで「空の果て〜!」と歌い出す。しかも、ものすごい巻き舌。もうR音全盛期の椎名林檎かと思いました。そのまま『ガーデン』へ。会場全体を包み込むような歌声によって、空気が一変します。
サックスを吹きながら観客席を歩いてきた風が、ステージにたどり着き、今度は楽器を介さず声だけを響かせる。この移行が鮮やかでした。広い野外会場でありながら、アカペラの歌声が一瞬にして観客の注意を一点に集めます。いつものことではありますが、風が歌い始めると、それまでのざわめきが別の質感を帯び、空間そのものが塗り替えられていくように感じます。
02 まつり
ドラムがビートを刻み始めた瞬間、『まつり』だとわかりました。イントロが始まると、風が「フジロックー!」と叫び、会場沸き立つ。ついに子供③の夢が叶う瞬間がやってきました。
妻と娘が一緒に『まつり』を踊り、ほかの子供たちも楽しそうに歌っています。会場全体にも祝祭的な空気が広がり、GREEN STAGEは完全に藤井風の空間になりました。
『まつり』は、もともと個人の内側にある歓びと、共同体の祝祭とを接続する曲です。それが大勢の観客が集うフェスで演奏されることで、歌詞の内容がそのまま会場の光景として可視化されていく。観客が同じ振り付けを踊ることも、単なるファンサービスではなく、巨大な空間を一つのリズムで結んでゆく演出として機能していました。
03 何なんw
子供たちが一段と盛り上がり、一緒になって歌い始めます。何度聴いても格好いい曲です。フェスとは思えないほど音響もよく、風の声は伸びやか。Duranのブルージーなギターも冴え渡り、実に心地いい。
『まつり』の均整の取れた祝祭性から、『何なんw』の泥臭くファンキーなグルーヴへ移ることで、ステージの温度が一段上がります。Duranのギターは単なる伴奏ではなく、歌の隙間に入り込み、声と応酬しながら楽曲を前へ押し出していました。
「何なんーw!」と大声で歌うわが子たちを見ていると、それだけで幸せな気持ちになりました。『まつり』から『何なんw』への流れによって、会場の熱気も一気に高まっていきます。
04 もうええわ
ハネるビートにアレンジされた『もうええわ』。この曲でも、Duranのギター・フレーズが抜群に格好いい。音数を詰め込むのではなく、ビートのわずかな隙間を縫うようにフレーズを差し込み、曲の跳躍感を増幅させていました。
『何なんw』と『もうええわ』は、ともにファースト・アルバムの楽曲ですが、今回の演奏では、初期の内省的な質感よりも、バンドが身体的なグルーヴを共有する側面が前面に出ていました。世界各地のステージを経験してきたことで、個々の楽器が主張しながらも、全体としては余裕のある演奏になっています。このアレンジはかなり好み。
05 死ぬのがいいわ
今回のステージをもっとも明確に特徴づけていたのは、何といってもホーンセクションを加えたバンド編成です。広瀬未来のトランペット、馬場智章のサックス、池本茂貴のトロンボーン。その鮮やかな音色が、GREEN STAGEいっぱいに響き渡ります。ホーン隊の導入は、単にサウンドを豪華にするためのものではありませんでした。藤井風の楽曲には、ジャズ、ソウル、ファンク、R&Bなどの要素がもともと潜在しています。今回はホーンが加わることによって、それらの音楽的なルーツが表面へと引き出され、それぞれの楽曲が別の表情を見せていました。
『死ぬのがいいわ』は、その変化がもっともわかりやすく現れた曲の一つです。原曲のダウナーで妖艶な雰囲気から一転し、ジャジーでゴージャスな楽曲へ。原曲では抑制されていた情念が、ホーンの強い音圧によって外へと解放されていきます。妻は「この曲は絶対に原曲のアレンジのほうがいい」と言っていました。まあ、それもわかります。ローファイ・ヒップホップやトラップビートを融合させた原曲にある閉ざされた色気や、息苦しさに近い緊張感は、今回の開放的なアレンジでは後退していました。
しかし、夏の野外フェスで聴く、ホーンセクションを従えた『死ぬのがいいわ』には、そこでしか味わえない贅沢さがありました。楽曲の本質を保存するというより、場所に合わせて大胆に性格を変える。今回のライブは、そうした再解釈の試みでもあったように思います。
06 You
メンバー紹介を挟んで、『You』へ。この曲には、ホーン隊の演奏が見事にはまっていました。今回の編成による恩恵を、一番自然な形で受けていた曲かもしれません。
原曲がもつ静かな官能性に、トランペット、サックス、トロンボーンの厚みが加わることで、より成熟したソウル・バラードへと変貌していました。ホーンが前面に出すぎるのではなく、歌声の背後を柔らかく満たし、曲の色気を下支えしています。
ちょうど日が暮れ始める時間帯でもあり、照明の効果とホーンの響きが重なることで、昼間のフェス会場が徐々に夜のライブ空間へと切り替わっていきました。
MC:「Are you happy?」「幸せは自分の内側にあります」(英語で)「幸せは、自分の外側ではなく、自分自身の内側にあります。続いて、夏の歌をお届けします。これから先もずっと、夏が平和で喜びに満ちた季節でありますように」。(日本語で)夏がこれからも平和な、喜びに溢れた季節でありますようにと願いを込めて、サマーソングやります。今日は本当に来てくれてありがとう。「Thank you so much for coming」
07 Love Like This
この曲は、本当に野外ライブによく似合います。ヨーロッパツアーや北米ツアーでは、ロンドンとトロントのライブハウスで聴くことができました。一方、僕が参加したインドのロラパルーザでは演奏されませんでした。仮にインドで聴けていたとしても、夕日が沈み、夜へと移り変わっていくフジロックのこの時間帯にはかなわなかったかもしれません。
『Love Like This』は、音楽的には非常に直線的なバラードです。だからこそ、ライブハウスよりも、空の広がりや光の変化を取り込める野外ステージで演奏されると、曲のスケールが一気に拡張されます。聴きながら、僕が子供のころ、Bon Joviをはじめとするアメリカのロックバンドのバラードを、音楽番組やビデオで見ていたときの感覚がよみがえってきました。広大な会場、沈みゆく夕日、観客の頭上へまっすぐ伸びていく歌声。それらが重なり、どこか懐かしい風景のなかに連れ戻されるような、強烈なノスタルジーに包まれます。子供①(中学3年の娘)も、この曲にはまっているそうです。
08 きらり
ドラムとホーンセクションによってイントロが始まります。テンポは原曲よりもかなりゆったりとしていました。原曲の『きらり』は、軽快なビートによって前へ前へと進んでいく曲ですが、今回のアレンジは、疾走感をあえて抑えたものです。このスローなヴァージョンはライブで何度も披露されており、風自身も気に入っているのでしょう。
代わりに強調されていたのは、リズムの気持ちよさと、メロディーの持つ開放感です。ホーンの音が楽曲に厚みを加え、速さではなく、大きなうねりによって観客を包み込むような演奏になっていました。『Love Like This』からの流れもあって、会場にはチルで心地よい空気が漂います。巨大なフェス会場を激しく煽るのではなく、ゆったりとしたグルーヴで支配していく。僕はこのヴァージョンがとても好きです。ただ、このあたりから風の高音が少しかすれ始めたように聞こえ、特に高音が不安定になることがあり、喉の調子が心配になりました。
09 花
相変わらず、いい曲です。今回は、ここでもホーンセクションが大活躍していました。1番が終わった直後に披露された池本茂貴のトロンボーン・ソロには、思わず痺れました。
原曲の『花』は、音数を絞った端正なアレンジによって、歌詞とメロディーの輪郭を際立たせています。それに対して今回の演奏では、ホーンが楽曲の内側にあるソウルフルな要素を引き出し、より艶やかで立体的なサウンドへと作り替えていました。
とりわけトロンボーンの太く温かい音色は、『花』の穏やかさを壊すことなく、そこに人間的な息遣いを加えていました。原曲とは別の魅力をもつアレンジで、ぜひもう一度聴きたいと思います。
MC:(英語で)「来てくれてありがとう、みんな。去年、わしは『Prema』って曲をリリースしました。『Prema』いうんは、至上の崇高な無私の愛のこと。みんなの内側にあるそういう種類の愛です」(日本語で)「内なる愛を感じて、みなさんに歌ってほしい曲があります」
10 Prema
「Prema〜!」と風が叫び、観客がそれに応える。曲が始まると、あの印象的なイントロのフレーズが、ピアノではなくホーン隊によって演奏されました。今回のライブにおけるホーン・アレンジのなかでも、もっとも鮮烈な瞬間の一つです。
原曲ではピアノが担っているフレーズを、複数の管楽器が分け合うことで、一人の内側から生まれた祈りが、多くの声によって共有されていくように響く。『Prema』が歌う無私の愛という主題と、複数の演奏者が呼吸を合わせて音を鳴らすホーンセクションの形式が、ここでは美しく重なっていました。
音色も非常にゴージャスで、広い野外会場にふさわしい『Prema』へと拡張されています。ぜひ多くの人に聴いてほしいアレンジです。僕が考える藤井風の最高傑作は、「藤井風論」でも書いたとおり『まつり』です。しかし、英語曲に限るなら、現時点では『Prema』だと思っています。この曲好きすぎて日々聴いています。
風自身も気持ちが乗っていたのか、曲の端々で、いつも以上に「ハッ!」という掛け声を入れていたように感じました。最近、いろいろな曲で入れていますよね、「ハッ!」。かわいい…。
11 満ちてゆく
この曲も、夜の野外ステージによく映えます。ここまでの曲では、ホーンやバンドの演奏によって楽曲を外へと開いてきました。しかし『満ちてゆく』では、再び観客一人ひとりの内側へと意識を戻していきます。
大きな会場を盛り上げることだけを目的とするなら、終盤にはテンポの速い曲を畳みかける方法もあったでしょう。けれども風は、熱狂のただなかに静かな時間を置く。風のライブのセットリストでは、こういう構成が結構多い気がします。観客は不意に自分自身の記憶や感情と向き合うことになります。
正直に言いましょう。僕は『満ちてゆく』を聴きながら、家族に悟られないように泣いていました。この曲は、一人で車を運転しながら聴いていても、不意に涙がこぼれてくることがあります。自分でもうまく説明できない場所にまで入り込み、心の奥深くを静かに揺らしてくる名曲です。
しかも今回は、すぐ隣に妻と子供たちがいる。家族と同じ音楽を聴き、同じ時間を共有しながら『満ちてゆく』が歌う手放すことや満たされることについて考える。その状況自体が、曲の意味をいつも以上に切実なものにしていました。
MC:(日本語で)「Yeah、幸せになってください。それだけです、本当に。幸せになってください。まあ、満足することに上手になりましょうって感じ。Yeah、小さなことに満足して、幸せになっていきましょう」
(英語で)「Less baggage, more contentment」(荷物を減らしたら、より満足感が得られます)
[補足]執着することや抱えるものを手放したら、より深く満たされます。いつもの風のお言葉。
12 Okay, Goodbye
ピアノのイントロに続き、風がAメロを歌い始めます。この曲もまた、かつてのアメリカのポップスやロックを思わせる、しっとりとしたナンバー。聴くたびに、どこか遠い記憶を呼び起こされるような郷愁があります。
メロディーも言葉も非常にシンプルで、だからこそ、まっすぐ胸に入ってくる。『満ちてゆく』で感情を深く沈めたあとに、別れを告げるようなタイトルのこの曲がくることで、ライブが終盤へ向かっていることも強く意識させられました。切ない…。
Apple Music Radioで披露された演奏もすばらしく、反響が大きかったことも、今回の選曲につながったのかもしれません。英語曲では、『I Need U Back』と『Casket Girl』も聴きたかった。70分は、やはり短い……。そして、もう一度でいいから、生で『The sun and the moon』を聴きたいものです。
13 Hachikō
バンドがフィナーレを予感させる演奏を始めます。すると、「Doko ni iko Hachikō」──最後はやはりこの曲か。これはもう、ぶち上がるしかありません。『満ちてゆく』と『Okay, Goodbye』によって内省的な時間を作ったあと、最後に身体を解放する『Hachikō』へ。セットリスト全体が、熱狂から沈静へ、そして再び熱狂へと向かう大きな曲線を描いていました。
『Hachikō』では、KOBY SHYのベースが生み出すグルーヴがとにかく強烈です。反復されるベースラインが観客の身体を否応なく動かし、ステージ上の演奏と客席の動きを一つのリズムへまとめていきます。
この曲は、これ以上ないほどライブ映えする、現在の藤井風のステージに欠かせない一曲になったと思います。ヨーロッパツアーでも、北米ツアーでもラストを飾り、インドでも演奏されました。言葉の意味を完全には理解できない観客であっても、リズムと反復によって参加できる。その意味でも、世界各地の観客を一つにする、フィナーレにふさわしい曲です。
子供たちも、最後まで飽きることなく楽しんでいました。子供たちと藤井風のライブに行くことは、ずっと以前からの願いでした。その願いが叶い、同じ音楽を家族5人で聴き、一緒に歌い、踊ることができた。その事実が、何よりも嬉しかった。
今回のステージでは、ホーンセクションを加えることで、既存の楽曲が野外フェスにふさわしい開放的なサウンドへと作り替えられていました。一方で、ピアノと歌を中心とした静かな時間も残され、観客は内省へと導かれていきます。つまり、外へ向かって開かれる祝祭性と、一人ひとりの内側へ沈んでいく祈りのような時間とが、交互に組み立てられていたように思います。
それは、藤井風の音楽そのものが持つ二つの方向性でもあり、つねにそれを行き来しているともいえます。身体を踊らせ、他者とつながること。そして、静かに自分の内側を見つめること。今回のフジロックでは、その両面がホーンを加えた華やかな演奏とステージ演出によって、よりいっそう可視化されていました。
藤井風のライブが終わると、すぐに娘が見たがっていたWHITE STAGEのXGへ移動しました。
「FUJI ROCK go round」のパスがなければ、おそらく間に合わなかったでしょう。最後の20分ほどでしたが、どうにか見ることができました。こちらのステージも、すさまじい熱気に包まれていました。

僕自身は屋内のライブのほうが好きで、普段は野外フェスへあまり足を運びません。けれども今回は、午後から天候にも恵まれ、気温も過ごしやすく、家族で参加するには最高に近い条件で楽しむことができました。朝の駐車場トラブルは散々でしたが、それを補って余りある一日でした。
さて、今年はまだまだライブが続きます。僕は今のところ、タイと福岡へ行く予定です。A面の連載「藤井風論──乱調の音楽」は、ついに残すところあと1回となりました。個人noteで書いているB面の「藤井風論(Behind The Scenes)」も更新が滞っていてすみません。いま、今年度は学務が非常に忙しく、マジで時間がないのです…。最終回のA面の原稿はこれから執筆します。B面も少なくともあと1回は更新します。朝の勢いで執筆したら、なんと約1万字のライブレポになっていました!!!(時間ないんじゃないんかい!)ここまで読んでくださったみなさん、本当にありがとうございます。
