フェルメール展を予習する
大阪中之島美術館で開催する「フェルメール《真珠の耳飾りの少女》」展。
まだ先だと思っているうちに開催が迫ってきました。全12作品という少数の展示とは聞いていたものの、《真珠の耳飾りの少女》以外にどんな作品があるのか全然知りません。そこで、時代背景や作品のポイントを予習してみることにしました。
■17世紀のオランダ
まずはフェルメール暮した時代から確認してみます。「黄金時代」と呼ばれた17世紀オランダ絵画の発展には、①教会による偶像崇拝の禁止、② 市民の日常に絵画が浸透した、という背景がありました。
時代背景①:教会による偶像崇拝の禁止
16世紀から17世紀にかけて独立をしたオランダは、キリスト教のうち「宗教画や聖像を教会に飾ることは偶像崇拝であり、罪である」という宗派の教えを採用しました。
これによって教会が絵画を発注するという習慣が無くなり、画家は新しい市場と支援者を探す必要が出てきました。
時代背景②:市民の日常に絵画が浸透する
17世紀のオランダは、香辛料をはじめとした貿易や海運によって繁栄を極めていました。貴族の力は大きくなく、商人など裕福な市民が社会・文化の中心的な役割を担っていました。
オランダ市民は絵画を好み、自身や家族の姿を描いた肖像画を注文しました。その他に、宗教や神話の教養が無くても楽しめる、わかりやすい主題の絵画が制作されるようになります。
日々の風景、身近な人々の肖像、テーブルに並ぶ静物といった新たなジャンルが生まれたのには、そうした時代背景がありました。
■フェルメールの作品
フェルメールが生まれたのは1632年。同じ頃には地動説を支持したガリレオの異端審問が行われ、日本は江戸幕府の3代将軍徳川家光のもと、鎖国が始まろうとしている時期でした。
1. 《ディアナとニンフたち》

© Mauritshuis, The Hague
フェルメールと聞いても、この作品は思い浮かびませんでした。図録で見かけたことはあっても、この絵をしっかり見たのは今回がはじめて。

頭に三日月を載せています
画家としてのキャリアの初期、フェルメールは神話や聖書を題材にした「歴史画」を描いていました。《ディアナとニンフたち》はその頃の作品で、狩猟の女神ディアナが、狩りを終えて休憩している場面が描かれています。神話を題材にしているのに畏まった感じはせず、むしろ日常風景のような、穏やかな雰囲気が漂っています。
その後、歴史画の人気が衰えてきたことも、フェルメールが描くモチーフが変化した理由のひとつと考えられています。
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2. 《真珠の耳飾りの少女》

© Mauritshuis, The Hague
あまりにも有名で、あまりにも見慣れたこの絵について、いまさら書くことも無い気がします。
ただ、調べているうちに、この作品が特定の誰かを描いた肖像画ではなく、「トロ―二―」という実験的な手法で描かれた作品だと知りました。実在の人物に似せることが目的ではなく、人間の表情や感情、性格を描きだすための練習。つまり、モデルを務めた人はいただろうけれど、その人に似せて描いた訳ではないということ。
テレビや書籍やポスターなど、様々な場面で見かけるこの少女を、実際に目の前にしたらどんな感情になるのだろう。
■オランダの画家たち
フェルメール以外の作品数は10点。17世紀オランダを代表する画家の作品が、ひとり1点ずつ出展される予定になっています。
3. 《水に映る牛》

《水に映る牛》1648年
© Mauritshuis, The Hague
水を飲み、のんびりとくつろぐ牛や羊。のどかな風景の奥には、水遊びをする人々や、馬にまたがる人の姿も描かれています。理想化されているような、楽園のような空間です。
17世紀のオランダでは、牛は重要な動物でした。牛乳やバター、チーズは生活に欠かせないものだし、チーズは主要な輸出品でもありました。フェルメールの《牛乳を注ぐ女》でも、題名の通り牛乳が登場します。
これまで絵画において脇役だった牛を、ポッテルは主役として扱いました。動物たちのスケッチをもとにしているから、写実的に描かれている反面、アンバランスな部分があるといいます。

それは、羊と牛のバランス。牛と比べて羊が不自然に大きなサイズなのだそう。画面越しでは違和感が無いけれど、実際の作品を観たら違和感に気づけるかもしれません。
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4. 《男の肖像》

《男の肖像》1634年
© Mauritshuis, The Hague
オランダの裕福な市民は、自分自身や友人、家族の肖像画を画家に依頼していました。肖像画といえば、真面目な、硬い表情を想像してしまうけれど、この絵の男性は、どこか誇らしげで、少し照れているようにも見えます。
ハルスは、堂々とした肖像が好まれた時代に、微笑みを浮かべた人間味のある表情を引き出した画家です。七五三や成人の写真撮影で、笑わせるのが上手だったカメラマンさんを思い出してしまいます。

© Mauritshuis, The Hague
⚠️今回は展示されていません!
筆致が残るゆるやかなハルスの絵には依頼が殺到したけれど、死後は「仕上げがされていない雑な絵」と低い評価が下された時期もありました。時代が下って印象派が登場すると先駆けとして再び評価され、ゴッホは「ハルスの黒には27色ある!」と手紙に残しています。
5. 《笑う男》

《笑う男》
© Mauritshuis, The Hague
レンブラントの描く男は、なんと歯を見せて笑っていて、こちらに話しかけてきそうなくらい親しげです。この作品も《真珠の耳飾りの少女》と同じで、特定の誰かではなく人間の性格やタイプを表現する「トローニー」というジャンルの作品だそう。

この絵の下地には薄い金箔の層が貼られていて、ところどころ鈍く光っています。例えば、口ひげのあたりは絵の具をひっかいて下の金色を覗かせている他、背景にもうっすら金泊が見えてます。
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6. 《ラザロの復活》

《ラザロの復活》1622年
© Mauritshuis, The Hague
レンブラントの師でもあるラストマンは、聖書や神話を題材にした歴史画を得意としていました。《ラザロの復活》は新約聖書に記された、イエス・キリストが友人ラザロを蘇らせる場面です。

布の質感や筋肉の描写が上手だ、と思いつつも、全員がポーズをとって静止しているような、ぎこちなさも感じます。気になって調べて見ると、17世紀はこれまでの直立した絵から、躍動感がある生き生きとした表現を求めるようになった時代なのだそうです。この作品にもそれが表れているのでしょうか。
7. 《正直者を探すディオゲネス(ある家族の寓意的肖像画)》

《正直者を探すディオゲネス(ある家族の寓意的肖像画)》1652年
© Mauritshuis, The Hague
茶色い服を纏った男性が、昼の街中でランプを手に周囲を見回しています。《正直者を探すディオゲネス》は、古代ギリシャの哲学者が「この世に正直な者はいるのか?」と探したという伝説を描いたもの。


アレキサンドロス大王に望みを訊かれた際に
「日陰になるのでどいて欲しい」と答えたそう。すごい。
しかし、舞台は17世紀のオランダで、哲学者を取り囲むのは、澄ました顔でポーズをとる裕福な一家。第一印象から「なんだか変な感じ」と思ったのは、時代がちぐはぐだからかもしれません。
人物たちが頭でっかちに描かれているのも少し違和感を覚えました。依頼主の顔をはっきり見せるためとか、あるいは下から仰ぎ見るように飾られることを想定していたとか、調べても理由がいまいちハッキリしません。会場で実際に作品の前に立ったとき、少し下から見上げてみようと思います。
8. 《老いが歌えば若きが笛吹く》

《老いが歌えば若きが笛吹く》1663-1665年
© Mauritshuis, The Hague
お酒の匂いや甲高い笑い声が、画面から飛び出して聞こえてくるような賑やかさ。何となくディズニーランドのアトラクション「カリブの海賊」に乗った時のような陽気な騒ぎを思い出します。
この絵は「大人の悪い習慣や愚行は、子供がそのまま真似してしまう」という意味の諺がそのままタイトルになっていて。絵画でも様々な要素が大人たちの悪い手本を示しています。


'Zo de ouden zongen, zo piepen de jongen'
画家であるステーン自身もちゃっかり画面の中に混ざり込んで、悪戯っぽく笑っています。その他にも画面にタイトルが隠されていたり、絵画全体が間違い探しのようで、細かい部分にもじっと注目したくなります。
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9. 《揺りかごの傍らで縫物をする女》

《揺りかごの傍らで縫物をする女》1656年
© Mauritshuis, The Hague
ステーンから一転して、こちらの作品には穏やかな時間が流れてます。揺りかごからは赤ちゃんの寝息が聞こえてきそう。フェルメール展の中で、雰囲気がいちばんフェルメールに似ているなと思った作品。

女性は編み物に集中しているけれど、足元には脱ぎ捨てられたサンダルがあり、窮屈になっているのかもしれません。使用人らしき女性がいたり、立派な柱があったりと裕福な暮らしが想像できます。
女性が着ている毛皮のついたもふもふの衣服も、《手紙を書く女》をはじめフェルメールの絵によく登場しています。

© Mauritshuis, The Hague
右:フェルメール《手紙を書く女》1665年
(Gift of Harry Waldron Havemeyer and Horace Havemeyer, Jr., in memory of their father, Horace Havemeyer)
⚠️どちらも今回は展示されていません!
他にもボルフは、手紙を書く女性の絵も描いています。このテーマはフェルメールをはじめとする他の画家たちにも影響を与えているそう。
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10. 《宝石箱と花のある豪華な静物》

《宝石箱と花のある豪華な静物》
© Mauritshuis, The Hague
静物画という言葉から連想する、落ち着きや控えめさとは遠く離れた豪華な画面。重厚なカーテンや宝石箱があり、果物たちが、貴族のようにドレスアップしているみたい。描かれたあとの果物たちは、誰かが食べたのだろう……と想像してしまいます。

果肉の一部が見える表現はこの時期のオランダ静物画の特徴だそう。
花の静物画が人気を博した理由の一つは、裕福な市民が1年中、花を観賞するため。当初はシンプルなものが多かったけど、17世紀後半になると、爆発するような、豪華な花の作品が描かれるようになりました。デ・ヘームは17世紀で重要な静物画家だったそうで、花や果実をふんだんに使った絵を専門としていました。
11. 《装飾的な壺の花》

《装飾的な壺の花》
© Mauritshuis, The Hague
画面が真っ赤で鮮やか。よくモチーフに使われたチューリップではなく、タイムやシャク、デルフィニウム、ロンドン・プライド、トリカブトなど、絵画ではめったに見られない植物たちで構成されています。

赤と白の小さいロンドン・プライドも星みたいでかわいい。
神の存在を象徴するヒマワリと、闇に関連づけらるケシが正面から向き合っているなど、宗教的なモチーフが散りばめられています。当時、花のはかなさは、人生の儚さを鑑賞者に思い起こさせる一般的な比喩であったし、彼女自身も敬虔なキリスト教徒だったそうです。
印象派以前の、精密に描かれた静物画の魅力をあまり理解できずにいたけど、こうして背景を調べているうちに実際に観るのが楽しみになってきました。
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12. 《想像のカトリック聖堂の内部》

《想像のカトリック聖堂の内部》
© Mauritshuis, The Hague
高く伸びる天井、差し込む光、静謐な空気。荘厳な雰囲気だけれど、この教会は実在しておらず、実際の教会内部を参考にして描かれた想像上の空間なのだという。

当時のアムステルダムでは、教会は人々が自由に出入りし、集まる生活の中心でした。様々な年齢の人物が描かれてて、画面の下には犬たちの姿も見えます。犬が教会に入り込んで礼拝を妨害するのを防ぐため、礼拝を邪魔する犬を追い払う「犬追い」という職業があったほどでした。
■国立西洋美術館でフェルメールを観る
国立西洋美術館にもフェルメールが展示されていると聞いて、行ってみることに。常設展にあることを今まで知らなかったのですが、行列もなくゆっくり観ることができました。

解説パネルに「フェルメールに帰属」と書かれているように、この作品は本当にフェルメールの作品かどうか意見が分かれているそうです。

右:フェリーチェ・フィチェレッリ《聖プラクセディス》
『聖プラクセディス』はフィチェレッリという画家の作品を模写したものと言われています。ふたつの作品を比べてみるとそっくりだけれど、フェルメール版は十字架を手に持っているという違いがあります。

ぼんやりとした表現はフェルメールらしい雰囲気。一方で室内画の印象が強いからか、模写とは言え、背景の青空はあまりフェルメールのイメージとは一致しません。もしも本物だとすれば、《ディアナとニンフたち》と同時期の初期作品ということになります。

ステーンの作品も展示されていました!
最後まで読んでいただきありがとうございました。
美術展の予習をしたのは初めて。開催がとっても楽しみです。
参考にしたもの
1. 『西洋美術の歴史6 17~18世紀』大野芳材/中村俊春/宮下規久朗/望月典子 著, 中央公論新社
2. "Temporality and the Seventeenth-Century Dutch Portrait"
