戦争の敗け方を知らない国家・日本——"終戦の8月"に観るべき映画『アルキメデスの大戦』
1. "終戦の8月"に戦争映画を観る意味
2026年は、第二次世界大戦の終結から81年にあたる。
第二次世界大戦を直接経験していない世代が社会の中心となったが、当時の出来事を後世へ伝える必要がある。
戦場を経験したクリエイターが自身の体験を作品に残し、戦後生まれのクリエイターが現代の視点で描き直すことも、その方法の一つだ。
戦争を描いたエンターテインメント作品を手がかりに、第二次世界大戦について考えるシリーズ記事を公開する。
単純に「戦争反対」と叫ぶのでも、当時の国や人物を「善」と「悪」に分けるのでもない。置かれていた状況と、そこで下された判断を見つめたい。
本日は、第2弾として山崎貴監督の映画『アルキメデスの大戦』を取り上げる。
※以下、物語の結末を含む重大なネタバレがあります。
2. 数学で「新型巨大戦艦」の建造を止めようとした天才・櫂直
2019年7月26日公開の『アルキメデスの大戦』は、三田紀房の同名漫画を山崎貴監督が実写映画化した作品だ。山崎監督は脚本とVFXも担当し、天才数学者・櫂直(かいただし)を菅田将暉が演じている。
時は1933年。帝国海軍では、今後の海戦には航空母艦が必要だと考える山本五十六少将(舘ひろし)と、新型巨大戦艦の建造を推す一派が対立していた。
山本は、平山造船中将(田中泯)が提示した異様に安い建造費の裏を暴くため、軍隊嫌いの青年・櫂を海軍に招く。
平山案の設計資料は軍機(軍事機密)だったため、櫂は設計図どころか基礎資料すら入手できなかった。
そこで櫂は、既に存在する戦艦「長門」の各部を巻き尺で測り、新型巨大戦艦はその1.3倍と推定。民間企業から入手した積算表を用いて、新型巨大戦艦の本当の建造費を導き出す。
さらに最終決定会議では、平山案に重大な設計上の欠陥があると指摘し、建造計画を撤回させた。
櫂は、美しいものを測らずにはいられないという変わった人物だ。
長門という建造物を巻き尺一本で測ろうとする姿は、奇行そのものだ。しかし、その執着こそが、海軍の権威や機密の壁を突破する力になった。
櫂は「数字は嘘をつかない」という信念を持っている。隠された情報を集め、計算を積み重ね、誰にも覆せない形で不正を証明する。
本作で描かれる頭脳戦には、権力を知性で打ち負かす痛快さがある。軍隊を嫌いながら、戦争を止めるために海軍の中枢へ飛び込む覚悟も、櫂の大きな魅力だ。
こうして櫂は、数学の力で新型巨大戦艦の建造計画を止めた――はずだった。
3. 日本の「身代わり」としての新型巨大戦艦
ところが、物語はここで終わらない。平山は、対米戦で日本が敗れる未来を見通したうえで、あえて新型巨大戦艦を造ろうとしていた。
平山によれば、日本人は敗北を受け入れられず、最後の一人まで戦い続ける。
国力差のあるアメリカが相手では、国そのものが滅びかねない。そこで国民の期待を集める新型巨大戦艦を造り、その沈没がもたらす絶望によって日本を目覚めさせようと考えた。
平山は櫂に次のように語る。
日本という国の依り代(よりしろ)になる艦を作りたいのだよ。この国が滅びの道に進む前に身代わりとなって大海に沈む艦だ。だから私はこの船にふさわしい名前を考えてある。この艦の名は「大和」
この瞬間、新型巨大戦艦は「大和」と名付けられた。大和は兵器であると同時に、日本の身代わりとなって滅びる供物となったのだ。
平山の思想を知った櫂は、自ら編み出した数式を平山に提供する。こうして新型巨大戦艦の設計ミスは修正され、やがて戦艦大和が完成する。
その姿を前に、櫂は涙を流して語る。
「僕にはね、あの艦が、この日本という国そのものに見えるんだよ」
二人は正反対に見えるが、ともに船の美しさに取りつかれ、日本の敗北を理解していた。櫂の数式の提供は、両者の美学が重なった瞬間だった。
4.映画『オッペンハイマー』に呼応するメッセージ
映画冒頭で描かれたように、戦艦大和は1945年4月7日、沖縄へ向かう海上特攻作戦の途中、坊ノ岬沖でアメリカ軍機の攻撃を受けて沈没した。
それでも日本は降伏しなかった。広島・長崎への原爆投下やソ連の対日参戦を経て、ようやく8月15日を迎える。
平山が大和に託した「国を目覚めさせる」という願いは、結果として届かなかった。
ここで紹介したいのが、私が昨日公開した映画『オッペンハイマー』についての記事だ。同作では「日本人は決して降伏しない」と語られ、原爆を投下すれば多くの命を救えるという論理が示される。
『オッペンハイマー』は「日本は降伏しない」とアメリカ側から語る。一方、『アルキメデスの大戦』は「なぜ日本は降伏できなかったのか」を日本側から描く。
この意味で、『アルキメデスの大戦』は『オッペンハイマー』へのアンサーになっている。
これは原爆投下を正当化するという意味ではない。
大和の沈没という巨大な喪失を経験しても、日本は戦争を終えられなかったのである。
5. 「大和」という名が背負ったもの
また、一昨日公開した国家プロジェクトの和名についての記事では、1970年代の気象衛星「ひまわり」以降、日本の国家プロジェクトに親しみやすい和名をつける傾向を紹介した。
戦前にも、国家的期待を背負う艦には象徴的な和名が与えられている。古くから日本を表す「大和」という名によって、作中の戦艦は国家そのものの象徴となった。
もちろん、戦艦の命名と現代の国家プロジェクト名を、単純な一本の系譜として結ぶことはできない。それでも、短い和名に国家の理想や願いを託す感覚には、通じるものがある。
大和の沈没後も戦争は続き、さらに多くの人命と暮らしが失われた。
本作は、敗戦を受け入れられない国家が、守るべき国民まで犠牲にしてしまう恐ろしさを問いかける。だからこそ、終戦を迎えた8月に観るべき映画なのだ。
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