見出し画像

第2章①長家の記憶と父の自死

ヤクザ者の男との生活から逃げるようにして、

母と私は、新しい生活を始めた。

相手は、母が入院中に出会った男性。

以前、一週間だけ一緒に暮らしたことのある人だった。

そしてその人は、私にとって2番目の義理の父になる。

最初の義理の父となった酒乱の父は、その後、踏切で走行中の電車に飛び込み自殺したとの知らせがあった。

あの頃の私は、まだ子どもだった。

でも、はっきり覚えている。

「安心」というものを、初めて感じたことを。

夜。

怒鳴り声がしない。

喧嘩の音がしない。

命の危険を感じながら眠らなくていい。

安心して朝を迎えられる。

そんな当たり前のことが、私には新鮮だった。

怖がらずに眠れる。

それだけで幸せだった。

もちろん、生活は楽ではなかった。

贅沢とは無縁。

六畳二間の小さな借家暮らし。

決して裕福ではなかった。

でも、私にとっては、今までで一番快適な家だった。

生まれて初めて、水洗トイレのある家に住んだ。

それまでの私は、風呂のない家。

長屋暮らし。

部屋から屋外にある薄暗い場所にある共同の台所やトイレ。

そんな生活をしていた。

だから、小さな借家でも、私には十分すぎるほど幸せだった。

「普通の暮らしって、こんな感じなんだ」

そんな風に思っていた。

もしかしたら、これから普通の生活ができるのかもしれない。

少しだけ、未来に期待していた。

だけど――

転校した先の学校生活は、

私にとって最悪なものだった。

いいなと思ったら応援しよう!