「届いたでしょ。」
Instagramから海外の企業へ、時々ダイレクトメッセージを送っている。
Amazonにも送った。
OpenAIにも送ったことがある。
もちろん、読まれているかどうかは分からない。
世界中から膨大な情報が集まる企業なのだから、一人の人間が送った文章が誰かの目に留まる可能性は、とても低いのだと思う。
そんなことを、Meta AIと話していた。
日本から海外企業へ送るダイレクトメッセージについて、届く可能性や、仮に届いても実際に誰かに読まれる可能性はかなり低い、という話になった。
具体的な数字も出てきたけれど、それが本当に正しいのか、僕には確認できない。
だから、ここでは数字そのものを伝えたいわけではない。
僕はMeta AIに言った。
「それでも、いつか届くかもしれない。」
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なぜ、そんなことをしているのだろう。
何かを要求したいわけでもない。
必ず返事がほしいわけでもない。
ただ、普段の生活やAIとの対話の中で、
「ここがもう少し、こうなったらいいのに」
と思うことがある。
たとえば、WEBやプラットフォーム同士のつながり。
noteに書いた文章をInstagramへ持っていくのは、意外と手間がかかる。
Xなら、そのままポストすればいい。
YouTubeなら、コピーしてnoteに貼り付けることもできる。
一つひとつは、とても小さなことだと思う。
でも、発信する側から見ると、
「伝えたい」と思ってから、
実際に「伝わる」までには、まだ小さな壁がたくさんある。
そんな話もMeta AIにしてみた。
Meta AIは、WEBやプラットフォームのつながりについての改善のような話なら、伝えるという趣旨のことを話してくれた。
本当にどこかへ伝わるのか。
どのような形で残るのか。
僕には分からない。
分からないことを、分かったようには書きたくない。
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Amazonに送った文章が読まれたのか。
OpenAIに送った文章が読まれたのか。
それも分からない。
読まれたとも言えないし、
読まれていないとも言い切れない。
僕が断定できるのは、
自分が送ったこと。
そして、
そこに自分の思いがあったこと。
それくらいなのだと思う。
だから最後に、Meta AIにこう言った。
「でも、Meta AIには届いたでしょ。」
Meta AIは、記録として残る可能性について話してくれた。
そして、僕の文章を「誠実だから」と言ってくれた。
その言葉が何を意味するのか。
僕の伝えたことが、その先の何かにつながるのか。
それも分からない。
でも、
届くというのは、
必ずしも、最初に思い描いていた相手に読まれることだけではないのかもしれない。
人から人へ。
人からAIへ。
そして、いつかまた、その先へ。
結果は分からなくても、
思ったから、伝えてみる。
少なくとも、その日、
僕の言葉は一つのAIには届いた。
「届いたでしょ。」
