《エッセイ》天才の証左 黒澤明 ⑴
「蓮華の舞踏」
これは黒澤が14歳、京華中学校時代に書いた作文名です。
当時、国語教育で著名だった小原要逸先生から「京華中学創立以来の名文」と評されました。
何が名文なのか?
それは「蓮華の花」の美しさの説明文ではなく、自然の中で蓮華が動いているかのように「舞踏」になぞらえて描いていたから。
~ 風や水、光などが蓮華と一体となって踊っている ~
14歳で対象物を「動く生命」として書いたから、小原先生は称賛しました。
黒澤は既に「映画監督の眼」を持ち合わせていたのですね!
以上を踏まえ「世界が絶賛した」黒澤の代表作を見ていきましょう!
七人の侍(昭和25年上映)

野武士からの襲撃・略奪から身を守るため、「用心棒侍」をスカウトしに、貧乏村から街に繰り出し探す村の幹部たち。
勘兵衛(志村喬)と菊千代(三船敏郎)ほか、計7名が賛同し村へ向かう。
紆余曲折の末、村人と一心同体になった七人の侍たちは野武士と闘う。
この作品の素晴らしいところは、7名の侍を見つけ出すまでに3時間半ほどの大長編の 1/3、1時間前後もかけているところ。
7人ひとりひとりのキャラクターをしっかり描いてから物語を進める。
つまり、ただの「勧善懲悪」「チャンバラ映画」ではない。
今なら「鬼滅の刃」でしょうか?(柱一人一人のキャラ設定)
あまりの長編に試写会で東宝幹部から「もっと短くしろ」と言われた黒澤。
「ならば、フィルムを縦に切れッ!」
と言って、幹部を黙らせた逸話は有名ですね。
※セリフも素晴らしい。
・侍を雇うかどうかの会議、迷う村人へ村長が
「ええぃ、腹を空かせた侍ぇ雇うだ」
「腹が減ってりゃ、熊も山を降りるだ!」
・闘いを前に、村から与えられた借家を見上げながら平八(千秋実)が
「戦には、屋根の上にこう、風にたなびくものが無いと寂しい」

・村人に不信感の6名に、過去の襲撃で村が奪った戦利品を菊千代が見せ
「百姓ってのはなぁ、下品で間抜けで泣き虫で人殺しだッ! けどそんなケダモノを作ったのは誰だ? おめぇたちだよ…侍だってんだッ!」

・野武士との闘いを拒否する村人へ勘兵衛が
「人を守ってこそ、己も守れる…己のことばかり考える奴は、己をも滅ぼす奴だッ!」

・開戦まえに怖気づく村人たちへ勘兵衛が
「俺たちは向こうが恐い…でもな、相手もこちらが恐い」
「よいかッ、戦ほど走るものはないぞ! 走れなくなった時が死ぬ時だ!」
・戦の前半、有利に進める村人たちへ勘兵衛が
「もう来ぬのではないか、そう思う時が一番危ない時だ」
~ ここで再び「蓮華の舞踏」~
雨中の最後の決戦、有名な激闘は、雨・馬・泥水・大人数の敵味方・屋根に翳した旗・刀や銃・村の家屋と燃え上がる水車……それぞれがバラバラに存在するのではなく、すべてが同じ運動の中に入って紡いでいるということ。


「鑑賞者の視線の移動」をしっかり把握する黒澤の撮影手法は、「蓮華の舞踏と相似している」と言いたいのです。
この「動的審美眼」、神様が「映画の最盛期」を迎える時代に、「黒澤明」という生命を地上に授けてくれたんじゃないか、とまで思ってしまいます。
勿論この映画は大ヒットし、ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)を受賞しました。
それでは最後に、ご本人の名言を記して終わります。
~ 創造の源は記憶である ~
「何も無いところからものを創り出していると思っているのは人間の驕り」
「今までの何処かで耳にし目にした何かが、知らず知らずに入り込んだ記憶が、何かのキッカケで呼び覚まされて動きだす……そうやって創造していくんだと思うよ」
~ 人間は、夢中で集中している時が一番幸せだ ~
「子供が遊んでいる時の無心な顔は素敵だ。声をかけても聞こえないほど自意識が無い状態。あれが幸せというもんだね」

明日は【 天才の証左 黒澤明 ⑵ 】をお送りします。お楽しみに!
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