脳裏に浮かぶ香りのよう
ふとした瞬間に、
その人を思い出すことがある。
夜の空気とか。
街ですれ違った香水の匂いとか。
コンビニ帰りに見た静かな月とか。
本当に些細なことで、
記憶は突然戻ってくる。
ずっと考えていたわけじゃない。
忘れようとしていたわけでもない。
ただ、
自分の中のどこかに、
静かに残り続けているんだと思う。
香りに少し似ている。
形はないのに、
一瞬でその時の感覚を連れてくる。
安心していた空気とか。
長く話した夜とか。
言葉にならなかった感情とか。
全部、
まだ完全には遠くなっていない。
でも不思議と、
前みたいな苦しさだけではなくなっていた。
会いたいというよりも。
どこかで、
元気でいてくれたらいいなと思う感覚に近い。
時間が経ったからなのか。
少しだけ、
自分が変わったのか。
理由は分からない。
それでも、
誰かを大切に思っていた記憶は、
簡単には消えないんだと思う。
無理に忘れなくてもいい。
ずっと同じ距離でいなくてもいい。
それでも残っていく感情は、
きっとある。
脳裏に浮かぶ香りみたいに。
静かで、
でも確かに、
そこに残り続けるものが。
※この文章は『孤独と安心のあいだで』の一篇です。他の記事はマガジンにまとめています。
