研修医一年目 夏休み知床紀行
「民宿 素泊まり2800円」
午後八時、JR網走駅ホーム。
最終列車は遠くに通り過ぎ、今夜の宿を探していると、このやけに昭和らしくて、そして堂々としたフォントが目に入った。
前夜の半野宿で疲弊していたこともあり、「布団付き」というだけでどうも興味を惹かれた自分はすでにGoogle Mapを開き、歩き出していた。

医者になって初めての夏休み、「最果て」を求めてこの地を踏んだ。
羽田から女満別まで飛び、日本列島の輪郭が海に消える場所「知床岬」までを踏破する計画だった。
元来、無鉄砲なタイプであり「行けばなんとかなる」の精神だったのだが、
地元の人によれば車道が途切れてから岬まではさらに徒歩で三日。
道らしい道もなく、ヒグマ避けの鈴すら持たない関東育ちにとってこの行程はあまりにも過酷だった。
幸い、この計画、というより妄言に近い想像を地図の上に置いてくる程度の理性は持ち合わせていたようで、代わりに数日をかけて道東を巡ることにした。
そうして旅の終わりに近い今夜、「民宿ランプ」に巡り逢った訳である。
***
それではこんな時間まで今日は何をしていたかというと、朝から道東のもう一つの果て、野付半島を訪れていた。
子供の頃、社会の授業では、教科書よりも地図帳の「アトラス」を端から端まで眺めているような小学生だった。
ページの右端に細長く突き出した、このミジンコのような地形。名前もろくに知らないその形を、授業そっちのけで何度も指でなぞった。
どうして気に入っていたのかは覚えていない。
ただ、地図の隅に長く伸びる細い陸地が、秘密の通路のように見えていたのだろう。

二十年近く経って、僕はそのミジンコの背中を車で走った。
左右には海が広がり、その先には、細い道がどこまでも続いているように見える。小学生の頃に想像していた風景そのものだった。


結局、この半島においても全体の三分の二ほど進んだところで「進入禁止」の4文字とともに巨大なバリケードに行く手を阻まれ、最終地点への夢は叶わなかった。やや落胆しながら来た道をUターンをしつつこんなことを考える。
そもそもなぜ「果て」にこだわるのだろう。
***
六歳の誕生日、プレゼントにジグソーパズルをもらった。
最後の1ピースをはめるまでケーキも食べず熱中するような子供だった自分にとって、
「完成」の二文字が心を魅了するのか、
それとも単に、
この世の物事というものはたいてい、「終わり」があるからこそ美しく見えるからなのか。
***
24歳夏。人生において「終わり」が見えている訳でもないし、かと言って「始まり」でもない。
自分の人生が「果て」るとき、どんなことを思うだろうか。
この先もきっと、いくつものバリケードの前で立ち止まり、来た道を引き返すことになるだろう。
けれど、果てまで行けなくても後悔しなくていいのかもしれない。この旅の途中で拾った風景のことが素晴らしく見えたように、その道中自体が美しかった、と思えれば。
そんなことを考えながら、網走の暗い道を進む。
***
ふと顔を上げると、夜の向こうに、小さな明かりがぼんやりと浮かんでいた。「民宿ランプ」の五文字とともに。
完)
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