違和の記録|手首の跡
体育はバレーボールだった。
ボールを追っている間は、 手首のことなんて気にしていなかった。
汗でリストバンドが重くなっていた。 試合が終わる頃には、 制服の袖を早く着たくなるくらい疲れていた。
更衣室に戻り、 リストバンドを外した瞬間、 手首に違和感があった。
赤い線が一本だけ残っていた。
最初は、 リストバンドの跡だと思った。
少し待てば消える。 いつもそうだった。
でも、今日は少し違った。
線だけが、 やけにはっきり残っていた。
リストバンドの跡にしては、 細すぎる気がした。
鏡で見てみた。 傷ではない。 腫れてもいない。 ただ、一本だけ線が残っていた。
その細さだけが、 少し気になった。
指でなぞってみた。 痛くはない。 押すと少し白くなって、 また元の色に戻った。
線だけは、 消えなかった。
手を振ってみた。 線は動かなかった。
手首をひねる。 角度が変わると、 少しだけ濃く見えた。
光のせいかもしれないと思った。
それでも気になって、 水で濡らしてみた。
タオルで拭いた。
赤い線だけは、 そのままだった。
袖を下ろして隠しながら昇降口へ向かった。
靴を履き替えていると、 例の彼女が横を通った。
挨拶もしなかった。 立ち止まりもしなかった。
でも、 視線だけが、 一度だけ止まった。
手首を見ているようだった。
ほんの一瞬だけ、 目が合った。
何も言わなかった。
自分も思わず、 袖を引き下ろした。
そのまま歩き出した。
すれ違って数秒後、 少し遅れて匂いが届いた。
鉄と、 動物と、 花の甘さ。
今日は、 鉄の匂いだけが弱かった。
放課後、文芸部に行った。
部長は本を閉じずに言った。 「手首ってね、触れたら跡が残るのよ」
「体育でつくことありますよね」
「そうね」
ページをめくる音が一度だけ響いた。
「跡は消えても、触れたことまでは消えないけどね」
説明になっているようで、 なっていなかった。
帰り道、 手首をポケットに入れて歩いた。
指先で跡をなぞる。 まだ残っていた。
コンビニのガラスに映る自分を見ても、 赤い線だけが少し目についた。
袖を少し戻してみた。 やっぱり残っていた。
少し暖かくなれば、 消える気がした。
スマホが震えた。
知らない番号からメッセージが届いていた。
——跡、消えにくいよね。
足が止まった。
手首が、 少しだけ冷たかった。
