20代より30代の自分が好き。今の私が好きなんだ。
今日はすごく辛い日だった。
今までは大変なことが起きても、好きな仕事だから頑張れた。
だけど今日はそうもいかなかった。
周りに責められている気がした。
絶対にそんな事はないのに、そう思われている気がして、その思いが止まらなかった。
私は悪くない、正しい選択をした。
そう信じ込まなければやってられなかった。
大変な現実が起こったことを「誰かのせい」にしたいわけじゃないと、表面的には思っていたけど本心はどうだっただろう。
仕事が終わってカフェに移動して手帳を開いた。
空白のページに気持ちを書き出してみないと、このモヤモヤが自分の中に蓄積されてしまいそうで嫌だった。
昔はこんな時、誰かのせいにして終わらせたり、
環境や状況的に「仕方ないから」ということにしてきた。
けれどその時はそう思えても、
寝る前やふとした瞬間に、その出来事が怒りとなって現れる。
この感覚が大嫌いだった。
だけど最近の私は、
この気持ちと向き合う方法を知っている。
終わらせる方法を知っている。
「このままじゃ良くないよね」と意識を変えることができる。
手帳にどんどん気持ちを書いていく。
止まっては書き、また止まっては、
あの時の職場の雰囲気やみんなの顔、
どんな状況だったのかをイメージして、
自分が本当はどうしたかったのか、解決策は他にあったのか、ただただ書いてみる。
そうすると、目を背けたくなる内容が出てきた。
「あぁ、本当はこうしたかったんだ」
「だけど、勇気が出ずに自分勝手に動いてしまった」
「その方が良いと信じていたけど、本当は逃げていたんだ」
書かなければ出てこなかった発見の数々が私の心をチクチク刺しながら、それでも優しく答えへ導いてくれる。
「じゃあ、どうしたらよかっただろう」
次は勇気を出してこっちを選択してみると良いかもしれない。きっとそんな風にできる。
だって私は、そんな自分になりたいから。
現実的な仕事での解決策と、心のあり方まで
1時間でスッキリ書き終えることができた。
書いてみると物事を多角的にみることができた。
職場のあの人は、あの時どんな気持ちだったのか。
あの人は、本当はこうしたかったのを譲ってくれたんじゃないか。
元々優しくて信頼できる人なのに私は頼らなかった。
頼るのが怖かったし、自分でなんとかできるという自負があった。
だけどその自負は、常に正解なわけじゃない。
自己完結させずに違う選択肢を持つことも覚えなきゃいけない。
周りの人を信頼して、相手の気持ちも大切にしていきたい。
次からはちゃんと相談してみよう。
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今日と同じことが起きた時、20代の私はプライドが邪魔して素直にこうは思えなかった。
「自分は悪くない」と簡単に答えを出したと思う。
「人のせい」にしていることに気づきもしなかったと思う。
でも、今日の私はどうだった?
1時間じっくりと事実に向き合って、
ちゃんと答えを出すことができた。
『周りの人を信頼して、相手の気持ちも大切にする。』
『次はちゃんと相談する。』
スッキリした気持ちでそう思えたからこそ、
もう寝る前に、その出来事が怒りとなって現れることはない。
30代になってもこんな風に自分探しを続けている。
もっともっと、自分を好きになるために。
