能登地震のこと①
今年初の投稿です。
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
今年もおますのひとりごとにお付き合いいただけましたら幸いです。
新年一発目に何を書こうかと考えていると、ふと2年前の元旦の出来事が頭をよぎりました。
2年前の元旦、私たち一家は能登にいました。
旦那の実家が金沢にあるため、帰省の際に能登の温泉旅館に泊まることになったのです。
大晦日と元旦は金沢の義実家に泊まり、元旦の午前中には駅前の商業施設へ出かけました。
2024年の元旦は一粒万倍日。
縁起が良さそうだということで、みんなで財布を買い替えることにしました。
買ったばかりの綺麗な財布を見つめながら、
「今年はいいことがたくさん起こるといいな」
そんなふうに思ったのを、覚えています。
商業施設を出たあと、義両親、祖父、義妹、そして私たち一家で能登へ向かいました。
目的地は、「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で36年連続1位を獲得している、加賀屋さんです。
15時過ぎに旅館へ到着し、チェックイン。
部屋は11階で、窓の外には広大な海が広がっていました。
子どもたちはその景色に大はしゃぎです。
荷物を片付け、お茶菓子をいただいたり、テレビを見たりしながら、のんびりと過ごしていました。
「この近くに辻口さんのお店があるから、行ってみる?」
「でも元旦だしやってないかもね」
そんな他愛もない会話をしていると、担当の仲居さんがご挨拶に来てくださいました。
物腰が柔らかく、丁寧な印象の仲居さん。
夕食時の飲み物を聞きに来てくれたようです。
16時6分。
各々が飲み物を注文していたそのとき、部屋にいた全員のスマホが一斉に、けたたましく鳴りました。
同時にテレビからも緊急地震速報。ただ事ではない音量でアラートが鳴り響きます。
画面いっぱいに「強い揺れに注意」の文字が表示されます。
その瞬間、部屋の空気が一変しました。
全員の笑顔は消え、張りつめた緊張が走ります。
アラートから数秒後、経験したことのない強い揺れが襲ってきました。
このときの揺れは最大震度5強。
高層階にいたこともあり、体感としてはそれ以上に感じました。
これまでにも何度か地震を経験したことはありましたが、その中でもトップクラスの大きさの揺れでした。
激しい揺れに立っていられず、床にしゃがみ込みます。
「伏せろ! 窓から離れろ!」
旦那の叫び声。
子どもたちは驚き、私にしがみついています。
しばらくして揺れはおさまり、
「びっくりしたね」「怖かったね」
と、口々に言い合いました。
まさかこれが前震だったなんて、このときは誰も夢にも思っていませんでした。
4分後の16時10分。
再び、スマホの緊急地震速報が鳴り響きます。
テレビ画面にも、また「強い揺れに注意」の文字。
全員がぎょっとし、仲居さんも一緒に部屋の中心へ集まりました。
揺れが来るまでのほんの数秒間、私たちが思っていたのは、
「多少揺れるかもしれないけど、さっきみたいにすぐおさまるだろう」
それはきっと恐怖から目を逸らすための、正常性バイアスだったのだと思います。
そして、本震。
先ほどとは明らかに違う、容赦のない揺れ。
まるで洗濯機の中に放り込まれたかのような激しさです。
部屋の襖は倒れ、卓上の湯呑みは畳の上に散乱しました。
これまでの人生で、はっきりと「死」を意識したことはありませんでした。
けれどこのときは、死がすぐそこまで迫ってきているのを感じました。
建物が崩れ、瓦礫に埋もれてしまうかもしれない。
火災が起き、火に囲まれてしまうかもしれない。
津波が来て、大波にのまれてしまうかもしれない。
義妹は恐怖のあまり泣き叫んでいます。
その義妹の体に覆いかぶさり、「大丈夫、大丈夫よ」と声をかけ続ける仲居さん。
「伏せろ! 頭を守れ! 窓に近づくな!」
旦那か義父の声が聞こえましたが、恐怖で顔を上げることができません。
当時、子どもたちは2歳と4歳。
何が起きているのかわからないまま、泣くこともできず、顔をこわばらせて私にしがみついていました。
永遠に続くように感じた揺れは、
実際には1分前後だったそうです。
揺れがおさまり、全員が恐怖でしゃがみ込んでいます。
そのとき、ハッとしたように旦那が叫びました。
「外に逃げるぞ! 早くしろ!」
慌てて外へ逃げようとしますが、ここは11階。
エレベーターが使えないため、階段で降りなければなりません。
さらに悪いことに、祖父は90歳を過ぎており、自力で階段を降りることができません。
「ごめん、じいちゃん。悪いけど子どもらもおるし、先に行くわ!」
旦那はそう言うと、長女のこっちゃんを抱き上げ、階段を駆け下りました。
義父と祖父を部屋に残し、私たちも階段を駆け下ります。
同じように避難する人たちで、階段はすでにパニック状態でした。
5階あたりまで降りたところで、誰かが叫びます。
「津波が来るぞー!」
あれだけ大きな地震があったのですから、津波が来るのは当然のこと。
その現実を突きつけられ、人々の混乱はさらに増していきました。
11階から駆け下りてきた私たちは、非常階段をどこまで降りれば外に出られるのかも分からず、ここでもパニックになります。
この辺りだろうかと非常ドアを開けると、なぜか床が浸水していました。
さらに、煙のようなものが充満しています。
まさか津波の水が...?と思いましたが、どうやら温泉の水らしいと誰かが言いました。
足元は温泉(?)でずぶ濡れでしたが、なんとか外に出ることができました。
外に出れたからといって安心はできません。
先ほどの揺れで建物が倒壊するかもしれない。
そう思い、足早に旅館から離れます。
2歳の子どもを抱えたまま11階から駆け下りたため、体は限界でした。
それでも、一刻も早く逃げることが最優先でした。
ひーちゃんもこっちゃんも、靴を履いていません。
裸足のままアスファルトに降ろすことはできず、抱っこのまま避難所を目指しました。
長くなりそうなので、続きます。
