初めてカプリコを食べた話
ある日の帰り道、小学一年生になったばかりの長女・こっちゃんが唐突に聞いてきました。
「ママ、カプリコってチョコレート?」
一瞬の沈黙の後、そうだよと答えました。
…なるほど。
この子もとうとう、チョコレートに興味を持つお年頃になったわけね。
幸いなことに、こっちゃんは今まで虫歯になったことがありません。
歯が生え始めた頃からチョコレートをはじめとする甘いお菓子はできるだけ避けてきましたし、おやつにはお芋や幼児用のお菓子を与え、食後の歯磨きを徹底していました。
そんな努力の甲斐もあり、こっちゃんも次女のひーちゃんも、歯医者さんに行くと毎回褒められるくらい綺麗な歯をしています。
なのに。
小学校に上がり、良いことも悪いこともぐんぐん吸収してしまうこっちゃんは、「カプリコ」という魅力的なチョコ菓子の名前を覚えて帰ってきたのです。
幼稚園の頃も、チョコに興味を持ったことはありました。
当時、歯医者さんで虫歯のポスターを見せられたこっちゃんは、どうやら「チョコを食べると怖いことになるらしい」と学習したらしく、それからチョコを欲しがることはありませんでした。
しかし、月日は流れ――。
「ママ、カプリコ食べてみたいんだけど」
↑いまここ。
さて、どうしたものか。
「チョコやキャラメルなどの甘いお菓子を食べるのは、年齢ができるだけお姉さんになってからの方がいいですよ」
歯医者さんの言葉を盲信している私は、できることならチョコを知らずに10歳くらいまで過ごしてほしかったのです。
それは親のエゴだというのは重々承知の上だけど、それでも可愛い愛娘たちの歯をきれいに保つことは親の責任であると、頑なに信じていました。
でも、もう虫歯のポスターなどでは彼女の決意は揺らがないらしく、ことあるごとに「カプリコを食べたい」と言うようになりました。
カプリコ。
よりによって、私の大好物でもあるのです。
あのピンクのエアチョコとコーンで成り立つ完璧なチョコ菓子は、「これ1個で何キロカロリーあるんだろう」という背徳感も相まって、最近では半年に1回程度のご褒美ポジションとして定着していました。
これまでチョコに興味のなかったこっちゃんは、たとえ私が目の前でカプリコを食べていたとしても、何の興味も示さなかったのに。
おおかた、仲良しのお友達からカプリコがいかに美味しかったかを聞いてしまったのでしょう。
そして自分も「チョコレート」というものを食べてみたい!という、至極当たり前で健全な思いに行き着いたのだと思います。
本心を言えば、彼女の健康や歯のことを思うと、そんなジャンクでケミカルなものは与えたくない。
でも、幼いうちから遠ざけすぎると、大きくなってから反動で歯止めが効かなくなるとも聞きます。
そこで私たちは、小さな契約を交わすことにしました。
「食べたらすぐに、完璧に歯を磨くこと」
それが、私たち二人の落とし所でした。
学校から帰ってきたこっちゃんに、レギュラーサイズのカプリコはやや大きいので、ファミリーパックの小さいものを一つ、あげてみることに。
憧れのカプリコを前に、いかにも嬉しそうなこっちゃん。
袋を開けて差し出すと、
「やったー!いただきまーす!」
と言って、大きなお口で頬張りました。
人生初のチョコにテンションの上がる 6 歳児。
無言でサクサクと食べ進めるこっちゃん。
その嬉しそうな顔を見て
そうか、彼女は今まで本当に一度もチョコを食べたことがなかったのだな、と思いました。
初めてチョコを食べた時ってどんなこと思ったっけ。もう覚えてないな。その「初めて」を今彼女は噛み締めているんだな。
生まれた時からずっと一緒にいたのに、私の大好物を食べたことがないなんて、なんか少し可笑しいな、とも思いました。
「美味しかった、ご馳走様」
そして食べ終わると急いで洗面所へ行き、うがいを念入りにして、歯磨きを始めました。
洗面所から戻ってきたこっちゃんの表情は、初めて食べたカプリコの味に感動しているというより、
「食べた後の歯磨きやうがいがすこぶる面倒くさい」
という、なんとも言えない退屈な顔をしていました。
たぶん、こっちゃんの性格的にも「カプリコを食べてみたい」という好奇心の方が強くて、味そのものはそこまで深く響かなかったのだと思います。
どうやら私が思っていたほど、チョコレートは彼女にとって特別なものではなかったらしいのです。
食べてみたかったから、食べてみた。
そして、食べた後の歯磨きが面倒だった。
たぶん、それだけの話。
親というのは不思議なもので、子どもの「初めて」に勝手に大きな意味を持たせてしまいます。
初めてのチョコレート。
初めてのカプリコ。
私の中では、子育てのひとつの時代が終わるような大事件だったのに、当のこっちゃんは何てことない顔で、もうお絵描きを始めています。
もしかしたら子どもの成長というのは、親が思うほど大げさなものではなくて、こんなふうにカプリコひとつ分くらいの、小さな出来事の積み重ねなのかもしれません。
そんなこんなで、たくさん残ってしまったファミリーパックのカプリコは、母の秘密のおやつ基地にそっとしまわれたのでした。
