恋愛を捨てた若者と、沖縄の海から電話してきた奥さん。現代人が最後に求める「たったひとつの避難所」
ノイズを捨てて、リアルを取り戻す
「一生ここにいたいわー!」
「生きている実感が欲しいんだよ」
先日、SKC(草加健康センター)のサウナに入っていたとき、タバコ部屋にいた、20代くらいの若者がボソッと、呟いていた言葉が頭から離れない。
まさか、若者も私と同じような境地。
スマホも持ち込めず、通知も届かない。情報が一切入ってこない熱気と水風呂の中で、彼らは喉から手が出るほど「生のリアル」を求めているのか・・・
「エーペックスに没入し、恋愛を捨てて筋トレに走る若者たち」
「知らない人に怯えてVRChatから逃げ出した自分」
「一人で山に登る女性や、ヨガで自分の呼吸に向き合う友人」
一見すると、何の脈絡もないバラバラな出来事に見える。
けれど、SKCの若者も含め、彼ら・彼女らがやっていることの根っこにある理由は、実はすべて同じなのかもしれない。
それは、「増えすぎた情報と人間関係のノイズから逃げ出し、自分だけのリアルな感覚を取り戻したい」という切実な防衛反応(ホメオスタシス)で説明できる。
なぜ若者は「外に出ない」し、「恋愛もしない」のか
現代は、家から一歩も出なくても過去最高レベルの娯楽や情報、人との繋がりが手に入る時代だ。 外に出るにはお金がかかり、天候に左右され、身なりを整え、予期せぬ人間関係の摩擦にさらされる。
だからこそ、コントロール不能な相手の感情に振り回される「恋愛」を避け、重りを上げれば上げた分だけ100%結果が出る「筋トレ」や「美容」に走る。 推し活で安全な距離から感情だけを回収し、一人カフェやヨガで自分の軸を整える。
「冷たい社会になった」のではないと思う・・・
四六時中スマホやSNSで脳のメモリを削られ続けた私たちが、これ以上傷つかないために「余計なコストを削ぎ落としている」のかもしれない。
だとすると、今や人が重い腰を上げて動く理由は、ふたつくらいしか残っていない。
サウナや山登りのように、誤魔化しようのない「身体的リアリティ(熱さ・冷たさ・息切れ)」を味わう
気遣いやノイズがゼロの、言葉を超えた「生の空気感」を共有すること
・・・くらいだろう。
手放した途端に、勝手に口が動き出す
では、私たちが頭のノイズを捨て、余計な計算を手放したとき、一体何が起きるのか?
以前、電話鑑定を受けて頂いた方から、非常に興味深い報告をもらった。
「人間関係もLINEも最低限にして、頭で計算するのをやめたら、勝手に口が動いて喋れるようになりました」
さらには、「自分から追うのをやめたら、嘘みたいに以前より人気者になった・・・」と言う。
人は「好かれよう」「上手くやろう」と頭(エゴ)で力んでいる時、無意識に相手へ重い気遣いとコストを強いている。
それを手放し、自分の内側の静けさに戻った時、人は一番滑らかで魅力的に動き出すのだと思う。
補色の残像で「何もしていないのに、自分の目が勝手に光の跡を描いた」ように、力みを捨てた時、人間の本来の言葉や魅力は「勝手に生まれてくる」
沖縄の絶景より、電話鑑定を選んだ理由
現代人の「外側の情報」と「内側のリアル」の対比として、一番印象的だったエピソードがある。
沖縄旅行に行っていた奥様が、「暇だから」と旅先から私に電話鑑定をかけてきたのだ。
エメラルドグリーンの海、豪華なリゾートホテルという「演出された非日常」の中にいるはずなのに、なぜ電話鑑定なのか。
きっと、SNSで映える景色や観光という「情報消費の旅行」にふと疲れ、「楽しんでいる自分」を演出するリアルな現実が重苦しくなったのだろう。
どれだけ目の前の景色が美しくても、そこに「演出」や「ポーズ」が必要な限り、心は本当の意味で休まらない。
そんな時、一切の飾りを脱ぎ捨てて、ただ自分の本質や仕組みに立ち返れる場所が、彼女にとって最も贅沢で生々しい避難所だったのかも?と思う。
足すのをやめて、ただ緩む
SKCのサウナで「生きている実感が欲しい」と叫ぶ若者も、ゲームに没入する人も、一人で山を登る人も、沖縄から電話をかけてくる一見贅沢に見える人も。
表現の形が違うだけで、全員が「頭のノイズを消して、本当の自分を取り戻したい」と願っているのかもしれない。
新しい知識を足す必要も、無理に誰かと繋がる必要もない。
ただ力みを捨てて、緩むこと。
スマホを置いて、静かに湯船に浸かり、自分の息遣いを感じること。
多分、世界は最初から、あなたに必要なリアリティをすべて用意してくれているのだと思う。
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