「戦う動物」ではない者たちから学ぶ(未来のためにできること)
孫子の兵法に「囲師には必ず闕き(いしにはかならずかける)」という教えがある。
圧倒的なフィジカルを持っているのに、それを攻撃ではなく「仲間を守る為」「平和を保つ為」に使っている者たちが居る。
肉食獣と食物を奪い合わない草食への適応から見るとライオンやトラなどの肉食動物は、獲物を巡って常に命がけの争いをする。しかし、ゴリラやカバや象が食べるのは主にジャングルの葉、茎、果実、竹など。食べ物が周囲に豊富にあり、他の大型肉食獣と奪い合う必要がない為、攻撃的な性格に進化する必要がなかったという。
怪我=死に直結するリスクを避ける為、圧倒的な力を持っているからこそ、無用な実戦のリスクを極力避ける「賢さ」の備えがあり、群れのリーダー(シルバーバック)の役割は「平和の維持」にある。
ならば大人達の役割は、他者を力で支配することではなく、子供たちや弱者を守り、国全体の平和を保つことになるのではないだろうか。ゴリラ達は争いが発生しそうになると、ドラミング(胸を叩く)や突撃するフリ(フェイント)で相手を牽制し、「実力行使をする前にお互いに引き下がる」を完成させている。これは、自衛の力を備えつつも決して先制攻撃をしないという、国家の安全保障における理想的な防衛のあり方にも通じるものがある。
だからといって、未来の子供たちの最大の脅威が同じ人間にならない為にも、自然界のルールに従う方法も取れる。
野性の肉食動物には怪我を治してくれる病院などはない。シマウマの蹴りで足を骨折したり、羊や牛の角で目を突かれたりすれば、二度と獲物を追えなくなり餓死する。かすり傷ひとつからの感染症で死ぬことすらある。弱者に見える草食動物も、追い詰められれば「死に物狂い」で抵抗するため、肉食動物にとっても非常に恐ろしい相手となるのだ。
ライオンの狩りの成功率は一般的に20%程度と言われ、失敗するたびに無駄な体力を消費し、反撃のリスクに晒される為、常に極限のプレッシャーの中で戦っている。
つまり、未来のためにできることとして、「勝ちすぎない事」「相手に逃げ道と最低限の尊厳を残す事」を選ぶのは、優しさや倫理観ではなく、国家の生存と社会の持続性を守るための、最も冷徹で現実的な知的リスク管理と言えるのではないか。
※「強い者がなぜ戦わないのか」「相手を追い詰めないことがなぜ自らを守ることになるのか」という生存哲学を記しました。
補足
「勝ちすぎないこと」「一極集中や過度な競争を避け、多様な生存と尊厳を残すこと」を説くエッセイであるからこそ、「勝者と敗者を分け、一人の受賞者に価値を一極集中させる公募や掲載という構造」そのものに乗っかることは、文章の持つ思想と自己矛盾を起こし、審査やコンテストという仕組みそのものを否定・攻撃するのではなく、「そのシステムからそっと降りる(卒業する)」というスタンスをとっているため、ハッシュタグをつけないことで「言っていること」と「やっていること」を完全に一致させてます。そもそも、実体験や実話をベースにしておらずなので、候
