わたしの話は、誰が聞いてくれるんだろう
人の話を聞くことが多い人生だと思う
気がつけば、誰かの相談に乗っていたり
誰かの気持ちを受け止める側にいることが
多かった
自分では当たり前だと思っていたけれど
改めて振り返ると
周りにはよく話す人が多くて
私はいつも、聞く側に回っている気がする
最近、ある人とやりとりをした
ゲームの中で出会った、まだ若い男の子
人見知りで、自分の特性のことで
傷ついた経験があると話してくれた
少しでも楽になるならと思って
私はその話を、ゆっくりと聞いた
自分の家族も特性があるので
理解できる部分もある
話を聞く事で
彼が少しでも前を向けるなら
それでいいと思った
そのあとだった
やりとりが終わって、ひとりになったとき
ふと、心に浮かんだ
私は
誰に話を聞いてもらっているんだろう
人の話は、いくらでも聞ける
それはきっと
自分のいいところでもあると思う
でも、じゃあ私は…
私の話は、誰が聞いてくれるんだろう
夫に話しても、いつもと同じ反応
子どもも
自分の好きなことを楽しそうに
一生懸命話してくれる
それはそれで、いいことなのに
どこかで私は
「自分の話を聞いてほしい」
と思っていたんだと気づいた
そういえば、と思い出す
あの人と話していたとき
私はよく話していた
聞いてもらえて、受け止めてもらえて
自分の気持ちをそのまま出せる場所があった
だから、楽しかったのかもしれない
「わたしね、わたしね!」って
言葉が溢れていた気がする
(相手は迷惑してたかもしれない笑)
私は、人の話を聞く人でありながら
本当は、自分の話もしたい人だと知った
自分で自分を癒すことも大切だと思う
誰かに頼りすぎないことも
大事なんだと思う
でも同時に
人に話を聞いてもらうことで
やっと整理できる気持ちもある
きっと私はこれからも
誰かの話を聞く側でいることが
多いのだと思う
そういう人が、自然と周りに集まってくる
それは、変えられないことなのかもしれない
――宿命みたいに
それでも
そんな中でふと
「私も話したい」と思う気持ちを
見ないふりはしたくないと思った
誰かに聞いてほしいと思う自分も
ちゃんとここにいるのだから…
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあなたの傍に話せる人はいますか
