「これ、落とされましたか?」が言えた日。
「ありがとうございます」
その一言が、心をパッと温かくした。
先日、妻と電気屋へ行ったときのこと。
駐車場から店舗へ向かう途中、車の横にエコバッグのようなものが落ちているのを見つけた。
「落とし物かな?」
そう思った次の瞬間、
「車の人のものかな?」
「どうしようかな?」
そんな考えが頭をよぎった。
正直に言うと、少し嫌なことに気づいてしまったような気分だった。
そのまま通り過ぎることもできる。
でも、見つけてしまった以上、自分には二つの選択肢があった。
見て見ぬふりをするか。
それとも、
「これ、落とされましたか?」
と声をかけるか。
私にとって難しかったのは、エコバッグを拾うことではない。
その一言を口にすることだった。
思い切ってドアをノックした。
「これ、落とされましたか?」
すると、高齢のご夫婦は、いかにも優しそうな声で、
「ああ、ありがとうございます」
と言ってくれた。
それだけで、とても温かな気持ちになった。
でも、今振り返ると、嬉しかったのは感謝されたことだけではなかった気がする。
思い返せば、私は昔から一言声をかけるのが苦手だった。
以前、電車で高齢の方が目の前に立っていたことがある。
本当は席を譲りたかったのに、「どうぞ」の一言が言えなかった。
その時のことは、今でも後悔として心に残っている。
席を譲らなかったことではない。
自分がそうしたいと思ったのに、一言が言えなかったことが悔しかったのだ。
電車で言えなかった「どうぞ」は、今でも覚えている。
だからあの日、
「これ、落とされましたか?」
が言えてよかった。
そのまま通り過ぎることもできた。
でも、どうしても通り過ぎることができなかった。
気づいてしまった以上、見て見ぬふりはできなかったのだ。
