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身体が重くてやる気が出ない日は怠けなのか|意志の弱さと決める前に五感の疲れを見てみる


海外では、人を部分ではなく全体で見る「Whole Person Health」という考え方があります。

五感解析ラボは、その考え方を日常の悩みに落とし込み、心・身体・生活・環境をつなぎながら、今のあなたに合う道具を探す場所です。


朝、目は覚めている。

熱があるわけでもない。

どこかが強く痛むわけでもない。

それなのに、

身体が重い。

布団から起き上がることはできても、
次の動作へ移るまでに時間がかかる。

顔を洗う。

着替える。

洗濯物を干す。

仕事を始める。

買い物へ行く。

一つひとつは、
普段なら特別に難しいことではありません。

けれど、そんな日に限って、
何をするにも身体がついてこない。

すると私たちは、
身体の状態を確認する前に、
自分の性格を評価し始めます。

「今日は怠けている」

「やる気がない」

「またサボろうとしている」

「もっと気合いを入れなければ」

身体が重いという感覚が、
いつの間にか、

「私は意志の弱い人間だ」

という結論に変わってしまうのです。

でも、本当にそうでしょうか。

今日は少しだけ、

やる気を出す方法を探す前に、
その重さを受け取っている身体の側を見てみます。



「身体が重い」は感覚で、「怠け」は評価です

まず、二つの言葉を分けてみます。

「身体が重い」は、
今、自分の中で起きている感覚です。

一方、

「怠けている」は、
その感覚に対して下した評価です。

この二つは、
似ているようで違います。

身体が重い。

動き出しにくい。

頭が切り替わらない。

何となくぼんやりする。

ここまでは観察です。

そこへ、

「根性がないからだ」

「自分に甘いからだ」

「普通の人はもっと頑張っている」

という言葉が加わると、
観察が自己批判へ変わります。

もちろん、
やりたくないことを先延ばしにする日もあります。

単純に面倒な日もあるでしょう。

すべての重さに、
特別な原因があるわけではありません。

けれど、

身体が重いという感覚を、
毎回「怠け」の一言で片づけてしまうと、
今の自分に何が起きているのかを見る機会まで失ってしまいます。

五感解析ラボが大切にしているのは、

怠けか、怠けではないかを判定することではありません。

評価する前に、
もう少し細かく見てみることです。


身体は、動いたときだけ疲れるわけではありません

疲労というと、
私たちは身体を動かした量を考えます。

長い距離を歩いた。

重いものを持った。

立ち仕事が続いた。

運動をした。

こうした疲れは分かりやすいものです。

一方で、

ほとんど身体を動かしていないのに、
妙に疲れている日もあります。

一日中、
パソコンの前に座っていただけ。

スマートフォンを見ていただけ。

人の話を聞いていただけ。

買い物へ行っただけ。

家にいたはずなのに、
夕方にはぐったりしている。

そんな経験はないでしょうか。

私たちの身体は、
筋肉を動かすだけでなく、
外から届く情報を受け取り続けています。

光を見る。

音を聞く。

匂いを嗅ぐ。

温度を感じる。

服が肌に触れる。

人の表情を読む。

声の調子を受け取る。

画面に流れてくる文字や映像を追う。

身体は何もしていないように見えても、
感覚の入口では、
たくさんの情報が出入りしています。

つまり、

動いていないことと、
休めていることは同じではありません。

身体は止まっているように見えても、感覚の入口では、光や音、情報を受け取り続けています。



目を使い続けた日の重さ

朝からスマートフォンを見る。

ニュースを読む。

動画を見る。

仕事でパソコンを使う。

買い物へ行けば、
商品や値札、案内表示が目に入る。

道路へ出れば、
信号、車、人、自転車、看板を見ながら移動する。

夜になれば、
また画面を見る。

私たちは、
自分が思っている以上に、
視覚から多くの情報を受け取っています。

しかも、画面の中では、

映像が切り替わる。

文字が流れる。

通知が出る。

広告が動く。

次々と別の話題が現れる。

目は画面を見ているだけでも、
そのたびに情報を追い、
必要なものと不要なものを分けています。

そんな日には、

目が痛いわけではなくても、
頭がぼんやりすることがあります。

何かを始めようとしても、
次の行動が決まらない。

立ち上がることさえ、
少し面倒に感じる。

それをすぐに
「やる気がない」と考える前に、

今日は、どのくらい見続けていただろう。

と振り返ってみます。

身体の重さの一部に、
目から入った情報の多さが混ざっているかもしれません。


音は、聞こうとしなくても入ってきます

音の疲れは、
さらに気づきにくいものです。

テレビの音。

動画の音。

車の音。

換気扇の音。

店内の音楽。

誰かの話し声。

スマートフォンの通知音。

家電が動く音。

人は、
意識して聞いていない音も受け取っています。

静かな部屋に入った瞬間、

「急に楽になった」

と感じることがあります。

それまで音に疲れていたことを、
静かになって初めて知るのです。

特に、

人の話を長時間聞いた日。

複数の人が同時に話していた日。

電話や通知が何度も入った日。

内容を聞き逃さないよう、
神経を使い続けた日。

こうした日は、
耳だけではなく、
身体全体が緊張していることがあります。

肩が上がっている。

奥歯を噛みしめている。

呼吸が浅くなっている。

周囲の音へ注意を向け続けるため、
身体が小さく身構えている。

この状態が長く続けば、

「何もしていないのに重い」

という感覚が出ても、
不思議ではありません。


匂い・温度・肌触りも、身体の余力を使っています

五感の疲れは、
目や耳だけではありません。

香水や柔軟剤の匂い。

飲食店から流れてくる匂い。

蒸し暑い空気。

冷房の冷たさ。

汗で張りつく服。

締めつけの強い靴や下着。

椅子の硬さ。

人との距離の近さ。

一つひとつは、
それほど大きな問題ではないかもしれません。

けれど、

暑い。

音が多い。

匂いが強い。

服が肌にまとわりつく。

人に気を使う。

スマートフォンの通知が続く。

これらが同じ日に重なると、
身体が受け取る刺激の量は増えていきます。

一つだけなら耐えられても、
いくつも重なると余裕がなくなる。

すると、

集中できない。

返事をするのが面倒になる。

考えがまとまらない。

身体を動かしたくなくなる。

そんな反応として現れることがあります。

それを外から見ると、

「ぼんやりしている」

「やる気がない」

「怠けている」

ように見えるかもしれません。

けれど本人の中では、
すでにたくさんのものを受け取った後なのです。


五感が疲れている日は、小さなことまで重くなる

余裕がある日なら、
すぐに決められることがあります。

今日は何を食べるか。

どの服を着るか。

先に掃除をするか、
買い物へ行くか。

誰かから届いたメッセージへ、
どう返事をするか。

ところが、
五感から入る情報が多かった日は、
こうした小さな選択まで重く感じます。

冷蔵庫を開けたけれど、
何を食べたいのか分からない。

返信したい気持ちはあるのに、
文章を考えられない。

片づけたいのに、
どこから手をつければいいか決められない。

身体が重いというより、
次の一歩を選ぶ力が残っていない。

そんな日もあります。

ここで気合いを足そうとすると、
さらに強い刺激を入れたくなることがあります。

大きな音で音楽を流す。

濃いコーヒーを飲む。

甘いものを食べる。

刺激の強い動画を見る。

自分を叱る言葉を使う。

それで一時的に動ける日もあります。

けれど、

すでに刺激を受け取りすぎている身体へ、
さらに刺激を重ねている場合もあります。

足りないのが刺激なのか。

それとも、
刺激を減らす余白なのか。

ここを見分けることが大切です。


前回の「味がぼんやりする日」ともつながっています

前回は、

いつもの料理なのに、
なぜか味がぼんやりする日について考えました。

食べ物の味が変わったのではなく、

それを受け取る身体の状態が、
いつもと違っている可能性もある。

そんな話でした。

今回の「身体が重い」も、
同じように見ることができます。

やるべきことが、
急に重くなったのではありません。

いつもの生活を受け取る側の余力が、
今日は少なくなっているのかもしれません。

元気な日なら気にならない音が、
今日はうるさく感じる。

普段なら平気な人混みが、
今日は苦しく感じる。

いつも着ている服なのに、
今日は締めつけが気になる。

昨日なら簡単にできた作業が、
今日はひどく面倒に感じる。

外の世界が変わったのか。

自分の受け取る状態が変わったのか。

あるいは、
その両方なのか。

すぐに答えを決めず、
一度分けて考えてみます。


五行では「重さ」をどう見るのか

東洋の五行では、

木・火・土・金・水という五つの性質を使い、
身体や季節、感情、暮らしの変化を見てきました。

この中で「土」は、

食べること。

受け取ること。

支えること。

安定すること。

日々の暮らしの土台。

といった働きを考える入口として使われます。

だからといって、

身体が重い日は「土が悪い」

と決めるわけではありません。

五行は、
病名を当てるための札ではなく、
見落としていたものへ目を向けるための地図として使えます。

食事の時間は乱れていなかったか。

食べる量だけではなく、
きちんと味わえていたか。

誰かの問題まで抱え込み、
受け取るものが多くなっていなかったか。

生活の足場が落ち着かず、
気持ちが宙に浮いたままになっていなかったか。

身体の重さを感じたときに、
こうした「土台」を見直してみる。

これが、
五感解析ラボでの五行の使い方です。

「土が乱れているから、これを食べれば治る」

という単純な話ではありません。

五行という昔の地図を使いながら、
今の暮らしを観察してみる。

その中で自分に合うものだけを、
道具として拾っていきます。


周波数を「人の格付け」に使わない

身体が重い日に、

「波動が下がっている」

「周波数が低い」

という表現を見かけることがあります。

もちろん、
そうした言葉が自分の感覚を理解する助けになる人もいるでしょう。

けれど五感解析ラボでは、

身体が重い人を、
低い状態の人として評価するために、
周波数という言葉を使いません。

ここで見てみたいのは、
もっと身近なリズムです。

強い光が繰り返し目に入る。

通知音が何度も鳴る。

短い映像が次々と切り替わる。

会話のテンポが速い。

急いで食べる。

休む前に、
また別の情報を入れる。

私たちの暮らしには、
さまざまな刺激の速さや間隔があります。

外のリズムが速すぎると、
身体のリズムが追いつかなくなることがあります。

逆に、

静かすぎる場所で落ち着かない人もいます。

少し音があった方が集中できる人。

人のいる場所の方が元気になる人。

動いている方が調子の良い人もいます。

大切なのは、

静かな方が正しく、
刺激が少ない方が偉い、

という話ではありません。

今の自分のリズムと、
周りのリズムが合っているか。

周波数という言葉を使うなら、
誰かを格付けするためではなく、

自分と環境の“合い方”を見るために使いたいのです。


今日の五感チェック|身体が重い日に見る6つのこと

身体が重い日に、
すぐ原因を決める必要はありません。

まずは、
次の六つを軽く見てみます。

① 光や画面を長く見ていませんでしたか?

スマートフォンやパソコンだけでなく、
明るすぎる照明や、
動く映像を長く見ていなかったでしょうか。

② 音を受け取り続けていませんでしたか?

テレビ、動画、通知音、会話、車の音など、
静かな時間がほとんどなくなっていなかったでしょうか。

③ 匂い・温度・服の感触に疲れていませんか?

暑さ、冷房、湿気、強い匂い、
服や靴の締めつけなど、
小さな不快感が重なっていないでしょうか。

④ 食事を「補給作業」にしていませんでしたか?

急いで食べる。

画面を見ながら食べる。

味や温度をほとんど受け取らないまま、
食事を終えていなかったでしょうか。

⑤ 睡眠や身体の調子は、いつもと同じですか?

眠った時間だけではなく、
目覚めたときの感覚はどうだったでしょう。

発熱、痛み、息苦しさ、動悸など、
ほかの変化はないでしょうか。

⑥ 刺激を一つ減らすと、少し変わりますか?

画面を閉じる。

テレビを消す。

照明を少し落とす。

締めつける服をゆるめる。

静かな場所へ移る。

刺激を一つだけ減らしたとき、
身体の重さに変化があるか見てみます。

全部やる必要はありません。

一つ減らして、
身体の反応を確かめる。

それも立派な観察です。


「何もしない」ではなく、「一つ減らす」

疲れているなら休みましょう。

言葉にすれば簡単です。

けれど現実には、

仕事がある。

家事がある。

人との約束がある。

休めない日もあります。

また、

「今日は一日中、何もしない」

と決めること自体が、
負担になる人もいます。

そんなときは、

すべてを止めるのではなく、
刺激を一つだけ減らしてみます。

動画を音声だけにする。

通知を一時的に切る。

部屋の照明を一段階落とす。

食事中だけ画面を見ない。

一人で過ごす時間を10分だけ作る。

今日やらなくても困らない選択を、
一つだけ明日に送る。

大きく休めなくても、
身体へ入ってくる情報を少し減らすことはできます。

そして、

刺激を減らした後で、
身体の重さがどう変わるかを見る。

少し軽くなった。

変わらない。

かえって落ち着かない。

どの反応でも構いません。

その違いが、
自分に合う道具を探す手がかりになります。


すべてを止めなくても、刺激を一つ減らすだけで、身体に小さな余白が戻ることがあります。

休んで軽くなる重さと、続いている重さは分けて考える

ここは大切なので、
少し立ち止まります。

身体の重さは、
五感の疲れだけで起こるものではありません。

睡眠不足。

暑さや水分不足。

食事の乱れ。

運動不足。

働きすぎ。

感染症。

薬の影響。

身体の病気。

心の不調。

さまざまな原因が考えられます。

ですから、

「身体が重いのは、五感が疲れているからです」

と決めつけることはできません。

五感を見ることは、
医療の代わりに原因を診断することではないからです。

刺激を減らしたり、
睡眠を取ったりして軽くなる一時的な重さなのか。

何日も続いているのか。

少しずつ強くなっているのか。

日常生活へ影響が出ているのか。

ほかの症状も伴っているのか。

この違いは大切です。

身体の重さが長く続く場合や、
生活に支障が出ている場合、
強い痛み、発熱、息苦しさ、動悸など、
気になる症状を伴う場合には、
医療機関へ相談してください。

「怠けだと思っていたから」

と我慢し続ける必要はありません。


やる気を足す前に、入口を少し静かにしてみる

身体が重い日、
私たちは自分を動かす言葉を探します。

頑張れ。

早くしろ。

みんなやっている。

このままではダメだ。

そうやって、
内側から強く押そうとします。

けれど、

すでに外から多くのものを受け取っている身体には、
励ましさえ新しい刺激になることがあります。

そんな日は、

やる気を足すより、
入ってくるものを一つ減らす。

自分を責める前に、
目、耳、鼻、口、肌が、
今日どのくらい働いていたのかを見てみる。

身体が重い。

それは、
必ずしも「動きたくない」という宣言ではありません。

少し受け取りすぎた。

切り替える余白がない。

今の速さには、
ついていきにくい。

そんな身体からの便りかもしれません。

もちろん、
答えが分からない日もあります。

何を減らしても、
重いままの日もあります。

それでも、

「私は怠けている」

という一つの結論へ押し込めず、

今日は、何が重なっているのだろう。

と見てみる。

それだけで、
自分への扱い方は少し変わります。

身体が重い日は、
人格を採点する日ではありません。

今の自分が、
世界をどのように受け取っているのか。

その入口を、
静かに確かめる日でもあるのです。


五感解析ラボでは、

心だけ、

身体だけ、

食事だけ、

という見方をしません。

眠り。

疲労。

食事。

人との距離。

音。

光。

匂い。

温度。

肌に触れるもの。

そして、
自分が毎日過ごしている環境。

それぞれを別々の問題として切り離すのではなく、

今の自分の中で、
何がどうつながっているのか

を見ていきます。

誰かにとって役に立った方法が、
そのまま自分にも合うとは限りません。

一つの方法を正解にするのではなく、
いくつもの道具の中から、
今の自分に使えそうなものを探してみる。

五感解析ラボは、
そのための「道具箱」のような場所でありたいと思っています。

※本記事は、身体の重さや倦怠感について診断・治療を行うものではありません。症状が長く続く場合、強くなる場合、日常生活に支障がある場合、ほかに気になる症状がある場合には、医療機関へご相談ください。



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