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yamamoto15
No.1210 違和感を過小評価してしまうのはなぜ?
「未熟」「心が狭い」
何だか、大人になりきれていない風に思わされているように感じる今の気持ちを、わたしは気のせいにしたくありません。
違和感は“最も信頼できる認知"ではないか?
それなのに軽視してしまう…何というか、自分自身をも過小評価するようで、これを繰り返すと自分を見失うのは想像に難くありません。
それまで信じていた人の裏の顔を知ってしまった。
または、その疑いが濃厚である。
いろんな人との関わりにおいて、最低1回はほぼ全員が経験するはずです。
わたしは繰り返し、感じた違和感をそのまま言葉に変えて残していますが、それは単なるデトックスというよりは、自分を守るため。
そして、誰かを自分好みに支配するような関わりを避けるため。
やはり、この価値観というか、倫理観は常に持ち続けていたいのです。
目に見える光景以上に、目に見えない空気を読み解く読解力が必要。
しばらく様子を見ると、ふとした瞬間に、違和感が確信に変わる手掛かりを拾えることもあります。
そういう違和感センサーは、わたしにとって自分軸を守るための生命線…ではないかと言えます。
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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
”サクセスストーリーの創作”はこれからも続きます!