越境観察フィールドノート #042|文字の中の自由
文字の中の自由
台湾で、「省水愛地球」と書かれたステッカーを見た。
漢字の中には水滴のような形が描かれ、文字そのものが水を連想させるように図案化されていた。それでも、「水」や「愛」という漢字として読むことができる。
台湾の街を歩いていると、漢字の細部を変えたり、質感を加えたりして、文字そのものに店や商品のイメージを持たせた看板を見かけることがある。
日本の看板を思い返してみた。日本語には、ひらがな、カタカナ、漢字があり、英語も使われる。印象を変えたいときには、使う文字の種類そのものを選ぶことができる。
そして日本では、日本語は意味を「読ませ」、英語は図の一部として「見せる」ように使われることもあるように思う。
一方、台湾では繁体字が中心に使われている。そのためなのか、繁体字そのものが「読ませる文字」であると同時に、「見せる図」にもなっているように見えた。
文字の種類を選べることは自由である。
しかし、一つの文字の中に入り込み、その形を変えながら表現を広げることも、別の自由なのかもしれない。
使えるものが限られているからこそ、その内側に、思いがけない自由が生まれることもあるのだろうか。
(台湾・桃園)
