中原克宏の街角ポエム ─ すれ違っただけの人たち ─第1日|宅配便の人
インターホンが鳴る。
「宅配でーす」と、少しかすれた声。
玄関のドアを開けると、今日も知らない誰かが立っている。
胸元のロゴ、手にはタブレットと小さな端末。
首筋には、まだ消えていない汗のあと。
「ここにサインお願いします」
そう言うときの、申し訳なさそうな、でもていねいな笑顔。
たぶん今日だけで、何十件、何百件と同じやり取りをしているはずなのに、それでも一人ひとりにちゃんと「お客さん」っていう顔で向き合ってくれる。
僕は、あなたのことを何も知らない。
どこに住んでいて、家族がいるのかいないのか、朝は何時に起きて、休みの日はどこで眠っているのか。
ぜんぶ知らない。
でも、想像はできる。
まだ陽も高くない時間。
子どもが小さければ、
「お父さん、今日は何時に帰ってくるの?」
なんて声を背中で聞きながら、家を飛び出してきたのかもしれない。
配達のルートを頭に叩き込んで、渋滞と、エレベーター待ちと、誤配の恐怖と、再配達のプレッシャーと、ずっと一緒に走っているのかもしれない。
雨の日には、服の裾までびしょ濡れになりながら、段ボールだけは絶対に濡らさないようにと身体を盾にしてきたのかもしれない。
真夏の日には、アスファルトの照り返しと、トラックの中にこもった熱気の中で「あと何件」と自分に言い聞かせながら、ペットボトルの水を一気飲みしている姿が浮かぶ。
もちろん、本当のあなたは、僕の想像とはぜんぜん違う人生かもしれない。
夜はゲームに明け暮れているかもしれないし、配達の合間に、資格の勉強をしているかもしれない。
彼氏や彼女との将来を思い描いているかもしれないし、
「こんな仕事、いつまで続けられるかな」
とため息をついているかもしれない。
それでも僕は、玄関先の数十秒でしかあなたを知らないから、その短い時間の中に、勝手にいろんな物語を詰め込んでしまう。
荷物を受け取る僕は、たったひとつの段ボールしか見ていないけれど、あなたにとってそれは
「今日いちばん急がなきゃいけない一件」
かもしれない。
中に入っているのは、誰かへの誕生日プレゼントかもしれないし、明日必要な仕事道具かもしれないし、ようやく手に入った推しのグッズかもしれない。
箱の重さよりも、そこに込められた誰かの「楽しみ」や「安心」を一緒に背負って運んでいるんだと思うと、玄関先のその姿は、少しだけヒーローにも見えてくる。
「ありがとうございました」
そう言って、軽く会釈をして去っていく背中。
次のインターホンへ向かう足取りを見送りながら、僕はドアを閉める。
世界はまた、何事もなかったような顔をして、僕の日常を続けさせる。
だけど、たった今までここにいた誰かの人生が、この家の前を通り過ぎていったことだけは、ちゃんと覚えていたい。
玄関先で荷物を受け取るたび、僕は今日も、あなたの人生の一行目だけをそっと受け取っているのかもしれない。
そして、二行目以降を勝手に想像しては、心のノートに小さなポエムを書き足していく。
たぶん、違う。
でも、そうであってほしい物語を、今日もまた、あなたに重ねてしまう。
──すれ違っただけの人たちの中で、あなたは僕の、玄関先のヒーローだ。
