中原克宏の街角ポエム ─ すれ違っただけの人たち ─ 第25日|フードコートの親子
休日のフードコートは、食事をする場所というより、まず席を取る場所だ。
トレーを持った人たちが空席を探してうろうろしていて、まだ食べ終わっていない人のテーブルをなんとなく遠巻きに見ている。
「もうすぐ空きそう」
「いや、まだ子どもが食べてる」
「先に席だけ見といて」
そんな会話が、ラーメンの湯気やポテトの匂いと一緒にあちこちを漂っている。
休日のフードコートは、街の縮図というよりちょっとした戦場に近い。
僕もその日、買い物の途中で立ち寄って、空いている席を探していた。
でも、見渡す限りほとんど埋まっている。
一人なら座れそうな端の席も、すでに誰かの荷物が置かれていたり、「ここ空きますか?」と声をかけようとした瞬間に別の家族が先に動いたりする。
そんな中で、少し離れたところに目で追ってしまう親子がいた。
母親と、小学校低学年くらいの男の子。
お母さんが熱そうなラーメンの乗ったトレーと、子ども用らしいハンバーグプレートのトレーを一人で持っている。
男の子はその横で、きょろきょろと辺りを見回しながら「どこ? どこ座るの?」と落ち着かない声を出している。
空いた席はない。
でも、立ち止まっていると後ろの人にも流れを止めてしまう。
お母さんはトレーを落とさないように両手に力を入れながら、空きそうな席を探していた。
フードコートでの親子って、食べる前からもうすでに一仕事終えている感じがある。
店を選んで、子どもが食べられるものを決めて、注文して、呼び出しベルが鳴るのを待って、受け取って、そして最後にこの席取りがある。
それが大人一人、子ども一人だと、急に難易度が上がる。
「先に席を取ってから買う」ができないこともあるし、「子どもだけ座らせて待たせる」にはまだ少し不安がある。
だから結局、熱いラーメンを持ったまま人混みの中を歩くことになる。
お母さんは四人席の一角が空きそうなのを見つけて、少しだけその近くで立ち止まった。
でも、まだそこには食後のソフトクリームを食べている家族連れがいる。
子どもは「ここ?」と聞く。
お母さんは「たぶん、もうすぐ空くと思う」と答える。
そのたぶんが、休日のフードコートではものすごく頼りない。
案の定、その家族はまだ立ち上がらない。
しかも、別の方向からも同じ席を狙っていそうな夫婦が近づいてくる。
一瞬だけ、お母さんの顔に「どうしよう」が浮かぶ。
その表情が妙にリアルだった。
食べる前から疲れる場所って、きっとこういう場所のことなんだろう。
そのとき、ちょうど通路の反対側で二人組の若者が席を立った。
それを見たお母さんは男の子に「ちょっと急ぐよ」と言って、小走りにはならないぎりぎりの速さでそちらへ向かう。
男の子もその気配を感じてぴょこぴょこと後をついていく。
その数秒だけ、親子は完全に席を取るチームになっていた。
なんとか二人席を確保して、お母さんはほっとしたようにトレーを置く。
男の子も「すわれたー!」と小さく笑う。
たったそれだけのことなのに、ひと山越えた感じがある。
テーブルに並んだのは、ラーメンと小さなチャーハン、それから子ども用のハンバーグプレート。
男の子は椅子に座った瞬間、さっきまでの席取りモードから急におなかすいたモードに戻る。
フォークを持って、まずポテトから手をつける。
お母さんはようやく一息ついたように、紙ナプキンを一枚取って男の子の口元を拭いた。
その仕草に、「やっとここまで来た」という小さな安堵がにじんでいた。
混んでいるフードコートの親子って、食べている姿より座るまでの姿にその家の今が出る気がする。
お母さんがどれくらい周りを見ているか。
子どもがどれくらい待てるか。
二人がどれくらい息を合わせられるか。
うまくいかない日もあれば、今日はなんとかなる日もある。
きっと今日は、その真ん中くらいの日なんだろう。
男の子はポテトを一本つまんでは何かしゃべっている。
さっき見たおもちゃ売り場のことか、隣のラーメン屋の大きな看板のことか、ゲームコーナーの景品のことか。
話はあっちこっちに飛んで、本人の頭の中だけがしっかりつながっている感じ。
お母さんは自分のラーメンをのばさない程度の速さで、
「へえ」
「それで?」
「すごいじゃん」
と、ちゃんと相づちを打っている。
席を取るだけであんなに大変だったのに、食べ始めたらちゃんとこの子の話を聞くモードに戻れるのがすごいなと思う。
男の子が急に立ち上がって「お水入れてくる!」と言う。
お母さんは一瞬だけラーメンから目を離して「あ、待って、一緒に行く」と立ち上がる。
狭い通路をトレーを持った人が行き来していて、この混雑の中を子ども一人でコップを持たせるのはたしかに危ない。
その判断の速さも、たぶん毎日の積み重ねなんだろう。
「走らないよ」
「こぼしたら教えてね」
強すぎず、でもちゃんと届く声で言う。
ああ、この人は今日だけじゃなくて、たぶんずっとこうやって混雑と子どもと自分の余裕のなさの間でバランスを取ってきたんだろうなと思う。
周りの席では、それぞれ別の戦いが続いている。
空きそうな席を見つめる家族。
食べ終わったのに子どもがまだジュースを飲みたがって立てない家族。
やっと座れたと思ったらテーブルが狭くて荷物が置けない人たち。
フードコートって、食事の場所である前に暮らしの段取り力が試される場所なのかもしれない。
その中でこの親子は、どうにか一席を確保して、どうにか食べ始めて、どうにか少しずつ穏やかな時間の方へ戻っていた。
男の子はハンバーグを半分くらい食べたところで、急に眠そうな顔になった。
さっきまであんなに元気だったのに、急に電池が切れかけたみたいに目をこする。
お母さんはそれを見て少し笑う。
「眠いの?」
「ううん」
「絶対眠いでしょ」
そのやり取りが、なんだかよかった。
席を取るためにちょっとした“戦闘モード”だった二人が、今はちゃんといつもの親子の顔に戻っている。
食べ終わるころには、少しだけ席の入れ替わりも進んでいた。
でも、お母さんはのんびりしすぎることなく、テーブルの上を整え、落ちたポテトのかけらを拾い、トレーをまとめ始める。
混んでいる場所では、「食べ終わったら次の人へ」みたいな空気も、どこか漂っている。
その空気をたぶんこの人はちゃんと分かっている。
誰かに急かされたわけじゃなくても、次に席を探している人の目線をきっともう感じているんだろう。
返却口の前で、男の子が「ぼく、おぼん置く!」と張り切る。
お母さんは「じゃあ一緒にね」と言って、手を添えながらトレーを返させる。
その小さな共同作業がなんだか良かった。
席を取るときも一緒、片づけるときも一緒。
このフードコートの混雑の中で、この親子なりのチームワークがちゃんとできている感じがした。
席を立って歩き出すとき、男の子は少し眠そうにしながらお母さんの服の裾をつかんだ。
お母さんは振り返って笑って、空いた方の手を差し出す。
男の子は何も言わずにその手を握る。
さっきまで席をめぐって人の流れをすり抜けていた二人が、今はようやく
普通の親子の歩幅に戻っている。
すれ違っただけの人たち。
その中の一組、混んだフードコートでラーメンをこぼさないようにしながら席を探していた親子は、ただご飯を食べていただけじゃない。
座る場所を見つけて、食べる場所を確保して、その中でちゃんと会話して、最後は手をつないで帰っていく。
そんな何でもないことを、人の多い休日の中でちゃんとやり切っていた。
──僕は少し遅れて席を立つ。
さっきまで親子がいた二人席には、もう次の誰かがトレーを置こうとしている。
フードコートは、そうやってどんどん別の暮らしに入れ替わっていく。
でも僕の中には、あの親子が席を見つけた瞬間の小さな安堵と、最後に手をつないで歩いていった後ろ姿だけが残っていた。
今日もお疲れさま。
あの混雑の中で、ちゃんと席も、ご飯の時間も、親子の会話も守っていたお母さんにも、その隣で最後はちゃんと手をつないだあの子にも、何でもないこの一日が、あとになってちゃんとあたたかい記憶になりますように、と。
