蕎麦屋の息子と自転車と
玄関ドアをいきなり開けて
近所の悪ガキが叫んだ
「自転車が来たぞ!」
家でゴロゴロしていた私は
すぐに外に飛び出した。
もう悪ガキの姿はないが
少し走れば子供たちが集まっている。
中心にいるのは蕎麦屋の息子だ。
おとなしいタイプだから
こんな風にみんなに見られて
ちょっと興奮気味だ。
「自転車なんか持ち出して
親父さんに怒られないか?」
「大丈夫だよ。夕方まで出前はないんだ。
借りていいと言ったからな」
「乗れるのか?」
「当たり前だろ? 見てろよ」
蕎麦屋の息子はペダルに足をかけて
すいすいと自転車をこぐ。
座ると足が届かないから
両足をそれぞれのペダルに乗せて
うんしょ、うんしょ
立ったまま漕ぐ。
「すげぇ_」
蕎麦屋の息子は今やヒーローだ!
「貸して貸して」
「漕ぎ方教えて」
そこからは順番だ。
「最初は両足を同じペダルに乗せて!」
「勢いをつけたら自転車は勝手に走るから
漕がなくていいからバランスを取って!」
なるほど。同じペダルに両足を乗せるのは
私でもできた。
グラグラするハンドルをしっかり握ると
自転車はすいすい進む。
順番 順番
すばしっこい男の子たちは
瞬く間に立ち漕ぎを覚えた。
そうなると蕎麦屋の息子は
お役御免だ。
まるで自分たちのおもちゃのように
自転車を乗り回す。
「おい、もう返してよ。
配達の時間に間に合わないと
オレ父ちゃんにぶん殴られるよ」
一瞬 蕎麦屋の親父の顔が頭に浮かぶ。
怒ったら怖そうだ。
けれど子供たちは止まらない。
殴られるのは自分じゃない。
「いい加減にしろ!返せよ!」
蕎麦屋の息子が本気で怒鳴ると
子供たちはシーンとした。
そんな仲間を睨みつけ
蕎麦屋の息子は捨て台詞を吐いた。
「もう貸してやらないからな!」
蕎麦屋の自転車はぐんぐん遠くなっていく。
「ねぇ、本当にもう貸してくれないと思う」
それには誰も返事しない。
調子に乗ってやりすぎた。
みんなわかっている。
その後
蕎麦屋の息子は
時々自転車に乗ってやってきた。
おかげで全員自転車を上手に漕げる。
ちゃんと子供たちは学習したのだ。
蕎麦屋の息子は怒ると怖い。
蕎麦屋の親父とおんなじだ。
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