連載「GX-ETS 超入門」Part 2 ―― 価格のしくみを“足し算”で理解する




前回(Part 1)で確認したのは次の4点でした。
1. GX-ETS は 2026 年に“無償配分+価格コリドー”でソフトスタート
2. 対象は年 10 万 t-CO₂ 以上を出す重厚長大型企業
3. **排出コストは「不足枠 × 市場価格」**──フロアの 2,000 円でも不足 1 万 t なら年間 2 億円
4. 2026〜2032 年は“学習期間”。ここで排出データ整備と低コスト削減を仕込んだ会社が先行者利益を取れる

制度の骨格と「まず掛かるお金」は見えました。
でも “市場価格が実際いくらになるか” が分からなければ、設備投資もヘッジ戦略も立てようがありません。



そこで本編 Part 2 のテーマは、

「枠の値段が付くメカニズム」と「それを揺らす短期ショック」を解剖する こと。

具体的には――
• 需要=キャップ、供給=無償余り+オークション+オフセット の「足し算引き算」でまず理論価格を出す
• そこへガス高・投機・政策ヘッドラインの “3つの風” が吹きつけ、短期の乱高下が生まれる
• EU-ETS で本当に起きた 100 ユーロ→50 ユーロの半値落ちをミニ追体験し、日本であり得る3つのシナリオ(ベース/タイト/緩和)を描く
• 最後に、価格ジャンプに備える 「クレジット貯金」と「フロアオプション」 という2つの実務ヘッジを紹介

Part 1 で掴んだ 「不足量 × 価格 = コスト」 の式――
この《価格》にどんな数字が入り得るのか、そしてどうコントロールできるのか。
それを一気に腹落ちさせるのが Part 2 のゴールです。


1 価格の出発点はキャップ=需要量
GX-ETS では国が毎年「出してよい温室効果ガスは〇億トンまで」と上限を決めます。これがキャップです。各企業は実績排出量を申告し、無償でもらった枠で足りない分を市場で購入する──つまり不足トン数そのものが「買い需要」になります。キャップを1%締めれば需要は数百万トン単位で増える。価格が動き出す基礎は、この固定的な需要です。

2 供給は三つの“バケツ”の合計で決まる
① 無償配分の余り。効率化して枠が余った企業が市場に流す、もっとも低コストの供給。
② 政府オークション枠。二〇三三年度から発電部門を皮切りに有償で追加供給される。
③ オフセット枠。J-クレジットやJCMクレジットなど、国が認めた外部削減分。排出量の五~一〇%まで充当可。
需要はキャップで“必ず”発生する一方、供給はこの三つのバケツの水位しだいで毎年変わります。

3 “最後の1トン” が値札を付ける――限界削減コストの原理
市場では「どうしても枠が足りない企業」が出せる最高額と、「余った枠を売りたい企業」が納得できる最低額のあいだで取引が成立し、需要と供給が一致した瞬間、その最後の取引値が市場価格になります。したがって価格は「最後の1トンを埋めるために必要な削減コスト」と同じ意味を持ちます。省エネなどの安い対策が使い尽くされれば、次に高い対策──たとえばバイオ燃料転換やCCSなどが“最後の1トン”になり、そのコストがそのまま市場価格に張りつく。



ここまでで押さえるポイントは三つ。
1)需要はキャップによって固定的に生まれる。
2)供給は無償余り、オークション、オフセットという三本柱の総量で決まる。
3)価格は「最後の1トン」の限界削減コスト、つまり残る対策の中でいちばん高いコストが値札になる。

後半ではガス価格や投機マネー、政策ヘッドラインが短期的にこの値札を揺らすメカニズムを追い、EU-ETSの実例から日本で想定し得る三つの価格シナリオを描きます。

4 短期で価格を揺らす3つの風

❶ 燃料スプレッド(ガス高・石炭高)
天然ガスが高騰すると発電は石炭へ回帰しがち。同じ電力量でも排出は2倍近く増える。電力各社が ETS 市場で不足枠を買いあさる──これが需要ショックだ。

❷ 投機マネーと流動性
先物が立ち上がればヘッジファンドやトレーディング部門が参入する。ポジションの積み増しと巻き戻しだけで価格は数日で2〜3割動くことが欧州で実証済み。

❸ 政策ヘッドライン
「来年度のキャップを 1 %追加削減へ」「オフセット上限を 10 → 5 %へ」――字面は小さくても需給見通しが変わり、ヘッジ勢が一斉にポジションを動かす。



5 EU-ETSで実際に起こった乱高下をミニ追体験

2021 年春 ガス高・石炭回帰 60→90 ユーロ
2022 年初 ウクライナ危機前夜 90→100 ユーロ突破
2023 年春 暖冬・投機解消 100→50 ユーロへ半値
2024 年夏 余剰吸収策(MSR)強化の合意 再び70 ユーロ台

教訓は二つ──
A:燃料市場と排出市場はコインの裏表。
B:政策イベントは「わかっていても」価格を揺らす。



6 日本で起こり得る3つの価格シナリオ

ベースケース
‐ 下限2 000円/上限8 000円固定、オフセット 5 %。
‐ 2026〜2032年は下限貼り付き → 2033年に発電オークション分だけ跳ね、7 000円前後へ。

タイトケース
‐ 上限を撤廃し、政府オークション量も絞る。
‐ 2030年前後に1万円を突破、CCS投資が一気に採算域内へ。

緩和ケース
‐ オフセット枠を15 %へ拡大、海外クレジット接続を前倒し。
‐ 2035年まで5 000円付近で横ばい、排出コストショックは後ろ倒し。



7 企業が取れる二つのヘッジ

① クレジット貯金(バンキング)
フロア期(26-30年)に低コスト削減で余剰を作り、将来の不足を自前で埋める。または高値期に売却して投資原資に。

② 価格フロアのオプション化
上限撤廃シナリオに備え、8 000円域の先物を買っておき、同時に下限近くで売りオプションを持つ。実質コストを固定化しつつプレミアムは数百円で抑えられる。



8 行動チェックリスト(シナリオ別に今やること)

下限期にすること
‐ 千円級省エネをすべて案件化しクレジットを登録
‐ 部門別排出を月次で計測し不足量予測モデルを作る

タイト化が見えたらすること
‐ 先物・オプションで3年分の枠をヘッジ
‐ 高コスト対策(CCS・燃料転換)のFSを即稟議



9 後半まとめ
1. 価格は「キャップ-需要」と「3バケツ-供給」の差で決まる。
2. 煽るのは燃料高・投機・政策ニュースの3風。
3. “安い時に貯め、高い時はヘッジ” がコスト暴騰を防ぐ唯一の防波堤。



次回 Part 3 予告
電力・鉄鋼・化学・自動車、それぞれの業界がこの価格メカニズムをどう利用し、2030年と2040年の“2段ジャンプ”を成長機会に変えるか──具体的なロードマップと投資優先順位を解説します。

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