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愛をあなたにあげたくて、生きた人 💝草間彌生


愛をあなたにあげたくて、生きた人 💝草間彌生

無限の水玉に💝孤独も希望も包みこんで

「私はここにいる」と、水玉を打ち続けた人

草間彌生の作品を見ると、まず目に飛び込んでくるのは、水玉です

赤い水玉
白い水玉
黄色い水玉
そして、どこまでも続いていくような無数の点

一見すると、楽しくて、かわいらしくて、ポップな世界に見えます

けれど、その水玉にはもっと深い意味があるように思います

私たちは、ときどき自分という存在があまりにも小さく感じることがあります

世界は広く
他人は強く見え
自分だけが取り残されているような夜があります

そんなとき、人は「私はここにいる」と叫びたくなります

草間彌生は、その叫びを絵筆で続けてきた人なのではないでしょうか

一つの点を描く
また一つ描く
さらにもう一つ描く

点はやがて増えていき、画面いっぱいに広がります

一人だったはずの存在が、無数の点のなかへ溶けていく

そこには不思議な安心感があります

私はひとりだけれど
完全にひとりではない

私も世界をつくっている一つの点なのだ

そんな声が聞こえてくるのです

草間彌生の水玉は、単なる模様ではありません

「あなたもここにいていい」

そう語りかける、小さな愛の印のようにも見えます

孤独を💝誰かが入れる部屋に変える

草間彌生の代表的な作品には、「無限の鏡の部屋」と呼ばれる作品群があります

鏡のなかに光が映り
その光がさらに別の鏡へ映り
空間全体が果てしなく続いていくように感じられる世界です

そこへ一歩入ると、自分の姿もまた無限の空間の一部になります

自分という存在が消えてしまうようでもあり
逆に、宇宙のなかへ溶け込んでいくようでもあります

不思議なのは、草間彌生が自分の内側にあったものを、閉じたままにしなかったことです

恐れも
孤独も
終わりのない思考も

彼女は、それらを作品へ変えました

そして、その作品のなかへ私たちを招き入れました

「私はこんな世界を見ています」

そう差し出してくれたのです

これは、とても大きなことだと思います

自分の苦しみを抱えているとき、人は誰かに説明できなくなることがあります

言葉にしようとしても、うまくいかない

けれど芸術は、言葉にならないものを形にできます

草間彌生は、自分だけの孤独を、

誰かが入れる「部屋」に変えました

だから私たちは、その作品のなかで、

「ああ、孤独って私だけのものじゃなかったんだ」

と思うことができます

それもまた、一つの愛ではないでしょうか

「LOVE FOREVER」💝世界へ向けて愛を叫ぶ

草間彌生の作品には、何度も「愛」という言葉が登場します

彼女は若い頃から、戦争への反対や平和への願いを表現してきました

1960年代のニューヨークでは、社会そのものが大きく揺れていました

戦争
差別
若者たちの反抗
新しい価値観

そんな時代のなかで、草間彌生はアートを美術館の壁だけに閉じ込めず、街へ持ち出していきました

彼女が掲げたメッセージの一つが、

💝LOVE FOREVER

永遠の愛

という言葉です

とても単純な言葉です

けれど、戦争が起こり、人と人とが憎しみ合う世界で「愛」と言い続けることは、決して単純なことではありません

人は傷つけば、誰かを憎みたくなります

理解されなければ、世界を拒絶したくなります

それでも草間彌生は、愛という言葉を捨てませんでした

むしろ、巨大な作品にして、世界へ投げ続けました

愛とは、静かなものだけではないのでしょう

ときには、

「もっと愛しなさい」

「殺し合うより、愛し合おう」

と大声で叫ぶことも愛なのです

草間彌生の芸術には、その激しさがあります

かわいい水玉の奥に、

世界そのものを抱きしめたいという、途方もない願いが隠れているのです

愛をあなたにあげたくて💝生きた人

草間彌生は、長い年月にわたって作品をつくり続けてきました

絵画
彫刻
インスタレーション
小説

ファッション

表現の形は変わっても、その奥には共通するものがあります

それは、

「生きている」💝ということへの執念

です

彼女の有名なカボチャも、ただの野菜ではありません

丸くて
どこかユーモラスで
無数の水玉に覆われたカボチャ

見ていると、なぜか少し笑ってしまいます

そこが草間彌生のすごいところです

世界は怖い

人生には苦しいこともある

孤独になる夜もある

それでも、黄色いカボチャをつくる

水玉を描く

鏡のなかに星のような光を灯す

そして、

「愛よ永遠に」

と言う

それは、絶望を知っている人だからこそできる、希望のつくり方なのかもしれません

私たちは草間彌生の作品の前で、ほんの少しだけ日常を忘れます

巨大なカボチャを見て笑ったり
無限に続く光に息をのんだり
水玉の世界で写真を撮ったりします

その瞬間、彼女が何十年もかけてつくり続けてきた世界から、私たちは小さな贈り物を受け取っています

「まだ世界は面白いでしょう」

「まだ美しいものはあるでしょう」

「あなたも、この宇宙の一部でしょう」

そんな贈り物です

愛とは、必ずしも誰かの手を握ることだけではありません

花を渡すことだけでもありません

自分の心のなかにあるものを形にして、

「これを、あなたにも見てほしい」

と差し出すことも愛です

草間彌生は、水玉を描き続けました

カボチャをつくり続けました

無限の光を灯し続けました

それはもしかすると、

世界へ向けた、果てしないラブレターだったのかもしれません

愛をあなたにあげたくて💝生きた人

草間彌生

その「あなた」は、特別な誰か一人ではありません

作品の前に立つ
名前も知らない私たちです

今日もどこかで、一つの水玉がこう言っています

あなたも、この世界にいていい

そしてその隣の水玉が、

愛よ💝永遠に

と静かに続けているのです


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