子供のためのルーブル美術館(219)わたしの生き方/フェルメールとバッケル・糸にたくす思い
今から350年前、オランダのデルフトの町には、糸を巻いた木のボビンを動かして、レースを作る人たちがいました。
糸を組むたびに小さな木のボビンは、コトコトとかわいらしい音をたてますから、町のどこにいても聞こえるくらいです。レースはとても繊細で美しく、高いお金で売れたので、女の人の大事な仕事にもなったのです。

コトンコトン、チリチリチリ…
おや?部屋の中からも、小さな木の音がひびいてきます。誰がいるのかのぞいてみましょう。
向こうから入る光の中で
くるりとカールした髪のかわいらしい少女がすわっています。
さっきからクッションのついた台の前で下を向いたまま。指先で糸をたぐりながら一心に、ボビンの糸を組み合わせてレースを作っているのです。

レモン色の上着は、静かな部屋にお日さまの光を運びました。白いレースのエリは、もしかしたら少女が前に作ったものかもしれません。
コトンコトン、カチッ、チリチリチリ…

ボビンが交差するたびに小さくはねる木の音は、静かな部屋にコトリ、コトリとひびきました。
赤い糸のひみつ
フェルメールは、おだやかな黄色、青、白を使って、無心にレースを作る少女を描きました。
少女は手元をじっと見つめたままだけど、糸をたぐる指先が今にも動き出しそう。
そして青いビロードの裁縫箱から飛び出した赤い糸は、この絵をいきいきとあたたかくしました。

でもちょっと待って。
その赤い糸、なんだかピンぼけじゃない?
そうなんです。フェルメールは、まるで溶けたろうそくのロウのように、前のほうをぼかして描いたのです。少女の指先がいちばん先に目に飛びこんでくるように。
こうしてフェルメールは、まじめで慎ましく生きるオランダの少女の姿を、静かな物語のように、こんな小さい絵に描きました。

この絵は、フェルメールが描いた絵の中で、いちばん小さい絵でした。
さてここから200年後、今度は北欧のノルウェーで、やっぱりお裁縫をしている絵がありました。
光にあふれる色
バッケルは、窓辺で針仕事をする女の人を描きました。

テーブルも椅子も、植木鉢の葉っぱも、大きな筆づかいでささっと色をのせただけ。
それはまぶしい光の中にふわりと浮き上がります。

こっちに背を向けている女の人は、青い布で何を縫っているのでしょう。
やっぱりうつむいて、一心に縫いものをする手がちょっと見えます。そして青い布だけがすっすっと音をたてて流れるように動いていきました。

バッケルは、自然の光の中に日常の一瞬を描きました。
勢いのある筆づかいは女の人の後ろ姿をいきいきと見せ、明るい色で部屋じゅうをやわらかく包みます。
光の中で仕事をする女性を優しく見つめるバッケルのまなざしが、ここにも感じられるのです。

Harriet Backer
Femme cousant 1890
ハリエット・バッケル
縫い物をする女 1890 オルセー美術館企画展
光と色の効果に注目し続けながらも、ノルウェーの女流画家ハリエット・バッケルは徐々に筆致を柔らかくした。これは、パリで観た印象派の絵画の影響によるものである。
1890年代以降、彼女は質感の描写にこだわらず、形もさらに単純化し、ときには広い色面だけで構成されることもあった。

Johannes VERMEER
La DentellièrVers 1669-1670
Huile sur toile collée sur bois
ヨハネス・フェルメール
レースを編む女 1669〜1670
板に貼り付けられたカンヴァスに油彩
大きな細密画のような趣をもつ「レースを編む女」は、労働者ではなく上流階級の女性を描いている。 左には裁縫用のクッションがあり、そこから色糸がこぼれ出している。 ほとんど抽象的に表された両手に注目は向けられる。 伏せられた視線は、絵画から漂う沈思と静けさをいっそう深めている。
お読みいただきありがとうございました。
フェルメールはもう大人気ですから詳しい方もいらっしゃると思います。24.5×21cmのサイズに凝縮された静寂。溶けたロウ(melted wax)と表現される赤い糸や道具に光のあたる印象、観るものを引きつけるアクセントにもなっています。
「オランダ絵画のグレーや茶色の絵のように最初下絵を描いてから、薄いグレーズ(透過性の層)を重ねる技法を使って光の反射や質感をフェルメールは表現している」というヨーロッパの保存・技術研究の見解があります。スケッチの下層にある描きこみが近年検出され色を重ねての変化が確認されているそうです。
一方、ノルウェーの女性画家バッケルの絵は、いつもながら鮮やかな色が点在してもバランスがとれている色のハーモニー。スケッチのような早い描き方で大まかなタッチですが、存在感があり、リズムがあり。なにか女性ならではの余裕を感じられないでしょうか。
今回は17世紀オランダの繁栄の中で、最も大事とされた女性の家庭的な徳と勤勉を表現する絵と、19世紀ノルウェーの、まだまだ低く見られていた女性の自立や家庭内労働が社会テーマだった時代の絵をご紹介しました。
音楽と絵のオルセー企画展デモビデオ 50秒
参考 ハリエット・バッケル
