私の頭のなか
私は日ごろからよく考え事をする方だと思う。自分でも思考止まってくれと思うほどに。
ある日の通勤時、ふと今から会社に着くまで何を考えているかメモしてみようと思った。以下は、その記録である。
(途中から考え事に夢中になりメモできていないこともあるので、一部抜粋である。)
歩いていると、とある一軒家の玄関に何かに夢中になっている様子のカラスがいた。歩きながらそのカラスを少し観察しているとどうやら飛んでいる蝉を捕食しているようだった。一生懸命に蝉を狙って宙を舞うカラスを見て、普段は人間のゴミを漁って食べているイメージがあるが、セミを食べてもおいしいと感じるのだろうか。人間のゴミを食べることで、舌が肥えてセミを美味しいと感じなくなったりしないのだろうか。
蝉の鳴き声を聴いていて、何かの本で虫の音をちゃんと虫の音として聴くことができるのは、世界中で、日本人ととある先住民だけで、それ以外の人にはただの雑音に聞こえると書かれていたことを思い出した。でもそれってただ単に今までその音を聞いてきたかどうか、その音を虫の音だと知っているかどうかの違いな気がする。例えば、私がとある国に初めて行ったとする。そこにはいろんな動物や虫がいるが、何かの音を聞いたとしても、普段聞かない音は何の音なのか認識できない。だが、そこに普段から住んでいる人にとっては、その音が何の音か知っている。それと同様に、とある音を虫の音だと知っていれば、その音を虫の音だと認識できるだろうと思った。
(今、これを書いていて、これは全くの見当違いだと気づき恥ずかしくなった。いつの間にか虫の音=蝉の音や動物の鳴き声と間違った認識で考えていたし、そもそもその本で書かれていたのは、その音を初めて聞いたときの話ではなく、単に虫の音を他の生き物の音と同様に感じられるかどうかの話であった。)
地面に大量のミミズが干からびているのを観て、死ぬ時、どれほど苦しかったのだろうか。地中にいるミミズが酸素や食べ物を求めて、地上に出たのも束の間、凄まじい暑さで干からびて死んでしまう。
人は様々な科学技術でこの暑さを乗り越えているが、ヒト以外の生き物は一体どうしているのだろうか。飼われている犬や猫などの愛玩動物は人によって科学技術の恩恵を受けられるが、それ以外の生き物は??
自然界だけでなく、食肉用などで飼育されている動物は??
この暑さでヒトだけでなく、生き物はどれほど減少しているのだろうか、、、
いざこうやって、日頃の思考を形にしてみると、いろいろなことに気づくことができる。
人とのコミュニケーションを介さない己との会話においても、虫の音の話のように誤った認識、思考をすることがあるんだなとか、
人があまりいない道を歩いていると、自然とヒト以外の生き物に目がいくんだなとか、
当たり前だけど、この地球ではヒトだけじゃなくいろんな生き物と暮らしているんだなとか、
改めて、自分の思考の癖や当たり前だけど、当たり前すぎるが故に、普段意識しないことに気づけるなと思った。何よりも自分の思考を辿ることが大変で訳がわからなくなるし、もうめんどくさいなと思うけれど、それも含めて面白いなと思った。
