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【第一章】戦場のサクラは、誰が為に散りゆくのか。

第一話
僕の肩から先は、ただの重い肉の塊だ。
薄暗い戦況監視室で、僕はだらりと垂れた両腕を見下ろした。指先は動かない。それでも脳だけは、「そこにあるはずの手」を幻の感覚として再生し続ける。
『――大江戸・哨戒部隊が、交戦に入りました』
相棒のAI、ジェットの声が脳内に響く。眼前のホログラムマップに、赤と青の光点が入り乱れていた。
「両腕の焼け残りが、いっちょ前に戦況分析かよ」
背後でオペレーターたちが笑う。無視して、マップに視線を走らせた。
「ジェット、第伍小隊の様子がおかしい」
『……包囲されています。退路が断たれました』
青い光点の一つが、赤に飲み込まれかけている。
「隊長! 第伍小隊が孤立しました!」
僕の声より早く、上官が言い放った。
「援護は不要だ。その場で徹底抗戦して散れと通達しろ」
僕の脳裏に、あの日の記憶が蘇る。両腕を焼かれながら、届かなかった手。
「……ふざけるな」
僕は視線でマップの一点を指した。
「ジェット、あそこに撃ち込め。奴らの動きを止める」
『……敵の供給拠点ですね。出力は』
「三割で十分だ。全部潰す必要はない。動きを止められればいい」
コンソールが勝手に書き換わっていく。オペレーターが取り押さえようとするより早く、僕の視線が『実行』を貫いた。
眼下の雲海で、小さな爆発が起きる。
「通信繋がってます! 今だ、後退しろ!」
『……了解!』
青い光点が、包囲網の穴を抜けて後退していく。
僕は大きく息を吐いた。……が、まだ一つ、動かない光点があった。
「ジェット、あと一人――」
『第伍小隊、副長機。撃墜を確認』
その一言に、僕の視界が固まった。
「……名前は」
『三宅一等兵。二十二歳』
僕は何も言えなかった。四人は帰ってきた。一人は、帰らなかった。
出力を絞った分、全員を抜けさせるだけの時間は稼げなかった。分かっていて、それでも、やるしかなかった。
ドンッ!
強い衝撃で床に蹴り倒される。見上げると、顔を真っ赤にした上官「土方歳三」さんが僕を見下ろしていた。
「命令違反だぞ、桂田亮吾!」
「……四人、帰ってきました」
「一人死んだ事実は変わらん!」
「はい」
僕は床に頬を押し付けたまま、動かない両腕を無様に投げ出し、それでも目を逸らさなかった。
「軍法会議でも何でも、好きにしてください。でも、あそこで何もしなければ、五人とも死んでいました」
上官が舌打ちし、靴を振り上げる。僕はただ、その靴底を見つめ返した。
自分の手で誰も助けられないなら、僕は僕のやり方で抗う。今日、それで一人を救えなかったとしても。
(…………)
その夜、謹慎を命じられた僕は、狭い自室のベッドに横たわっていた。
三宅、という名前を、頭の中で何度も繰り返す。顔を知っていたからだろうか。いや、それだけではない。命の重さが、僕の肩には乗っかっている。
『亮吾。司令部から、極秘の指令書が届いている。今回の件を不問にする代わりに、ある任務に就けとのことだ』
「……ポンコツに回す任務なんて、ろくなものじゃないだろうけど」
僕は自嘲しながら、視線でホログラムの指令書を展開した。
新型兵器の適合テストに関する調査命令。書類の最後に、一人の少女の名前が記されていた。
『対象者:沖田桜花』
理由もないのに、焼け焦げたはずの右腕が、わずかに熱を持ったような気がした。

第二話

次の日の夜。

上司からの通達通り、沖田桜花と思われる少女が刀を携え、僕のボロ屋敷の前へとやって来た。

凛とした黒髪で、物柔らかな少女。報告書と一致している。やはり、彼女が、沖田桜花で間違いない。

年頃の少女の風貌。志士の服を着てはいるものの、あまりにも覇気がない。

ーーでも、なんだか、底しれぬ人間の闇が、彼女の純黒の瞳には宿っているような気もした。

(………………)

僕は、彼女をリビングに迎え入れ、軽くもてなす。まずは座布団に座らせてから、彼女には少し甘めの珈琲を入れる。

そして、物静かな彼女に、そっと差し出す。彼女も、軽くお辞儀するのみだった。

僕は、あまりにも重い罪の意識からか、言葉が喉に突っかかったまま、珈琲のマグカップを持ち、口に運ぶ。それから程なくして、僕はようやく、彼女に話しかけようと決心した。

「桜花、さん? 来てくれたんだな」

その問いを聞いた彼女は、初めて僕の方を向いた。

「もしかしてさ、不服? あと、そこは桜花で良いよ」

彼女はそう言って、ドライにあしらった。

「い、いや……こうして顔を合わせるのは、初めてだからな。……」

「……そう。なら、良かった」

彼女は作ったような笑みを浮かべた。

まずい。

こんな世間話をするために、僕は彼女を我が家に招き入れたのではない。

もっと、僕らが話さなければならない話題を選ばなければならない。

その焦りが、僕に、この話題を選ばせた。

「本当に、君。ーー記憶ないのか?」

「うん。そうだけど、なんで?」

僕は、マグカップの珈琲を飲み干すと、彼女の淀んだ瞳をまっすぐ見つめた。

「君は、トラウマを抱えているように見える。トラウマは、記憶がある者にしか生じないはず。なら、なんでーー」

「思い出せないの。だけど、私の中に、『それ』はある」

彼女の指先は、震えていた。

「私は、剣を振りたい。みんなの為に戦いたい。だけど、できないの。いざ握ろうとしたら、思い出せない『それ』が邪魔をするの。私は、そんな私が嫌い」 

自分が嫌い、かあ。

まさに、僕だ。

僕も、魔法を使えない僕が嫌いだ。

だからこそ、聞いておきたいことがある。

「わかるよ。僕も同じだから。見てわかる通り、僕も両腕を失っている。だから、僕は頭脳を活かす戦いをしている」 

僕は、彼女の手の震えが酷くなっているのを、確認する。心は痛むが、彼女の今後のためにも、僕の納得のためにも、続けるしかない。

「なら、桜花。なんで君は、刀を握りたいんだ?」

バン!!

彼女は、テーブルを強く叩くと同時に、自らの座っていた座布団から立ち上がる。

そして、僕に迫った。

「痛いんです。だから、私、知りたい。この刀を握る意味を。もう一度、刀を握るためにも…! わからないけど、刀を握らないと、私、おかしくなりそうだから…!!」

ーー痛いんです。

彼女の声の震え方は、あまりにも、僕そのものだった。だから、僕は彼女の手を取るしかなかった。

命令に、たとえ逆らうとしても。

僕は、救うと決めた。見捨てないと決めた。

「分かった。こんなポンコツでも良いのなら、喜んで」

それが、現状の僕の出した、確かな答えだった。

(…………) 

僕は、彼女の帰った後の静かな部屋で、狭いベットの中に寝転がり、回想する。

肝心の任務の内容は、トップシークレットだ。

だから、彼女には言ってない。

言えるわけない。

だって、僕の任務は、沖田桜花を育てて、幕府の刃を磨くことではない。

むしろ、その逆だ。

徳川慶喜公は、僕に命じた。

『沖田桜花を、殺せ』

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