見出し画像

【短編小説】Greensleeves(グリーンスリーブス)少年と獣と研修医のものがたり

*この小説には臓器移植や少年兵に関するセンシティブな表現があります。できるだけオブラートに包んだような表現にしましたが、苦手な方は読まれることを控えていただくのが良いと思われます。

グリーンスリーブス 少年と獣と研修医のものがたり

 
 電話とか、店とか会社にかけるじゃない?で、お待ちくださいって保留にされると流れる音楽あるじゃない、ヴェートーベンの「エリーゼのために」とか、ショパンの「ノクターン」とかさ、何度も聞かされて嫌になるんだけど、聞いてて、好きな曲があってさ、「グリーンスリーブス」、タイトルは知らなくても、あの曲と言えば、「ああ」って思い出す人たくさんいると思う。なんとなく保留音としてはもの悲しい曲さ。
 
 あれ聞くとあのことを思いだすんだよね、15年くらい前かなあ、もっと後だったかもしれない、まだ俺が若い研修医だった頃の話さ。

「おい、ガマが再入院したってさ」

「マジかよ、この前の退院の時、出禁にしたんじゃないのかよ」

 ことの発端は入院中の態度が悪く不評だった大物政治家が俺のいた大学病院に再入院したことから始まった。

「酒飲みすぎで肝臓悪くしてるし、不摂生で腎臓もな、本当に病気のデパートだよ」

 もっさりとした体と顔がガマガエルに似ているから、ガマ、かつては日本の国務大臣までのぼりつめた男だが、その後はあまりかんばしくなく、かろうじて衆議院の席は守れているが、幹部の職はもう回ってこないようだ。

「腎臓移植やるらしいぞ」

「ああ、仕方ないな」

 俺はまだ研修医になったばかりで、移植の現場にたちあったことがなかったので、その時少しわくわくしたぜ、悪いけど。

 要職を外されたとはいえ、まだまだ現役の政治家、彼を受け入れたら、大学側も色々便宜をはかってもらえると思ったのだろう、当時、彼にひどい目にあった医師や、看護師たちを無視して、彼を入院させた。

「ドナーは息子か?」

 俺は同じ研修医の友人に聞いた。

「それが、さ」

「息子…てことには建前なってるんだけどさ、あわてて組んだ養子で…しかも…子供だ」

 俺はおどろいた。

「臓器売買の可能性ありってこと?うちの大学がそんな危険なことに手を出してしまっていいのか?そんなにうちの大学って金に困っていた?」

「あ…いい、……時間だ行くぞ」

 ガマは上客という扱いになるらしい、担当医と、その場にいた研修医たちがかき集められて病院の入口でガマをむかえた。

 ガマは不摂生でみにくく太った体をゆらして車から降りてきて、すぐに用意された車椅子に座った。そこへ車から降りた男が車椅子を押しだした。

 俺は驚いた。

 その彼が、そのドナーになるという男だった。

 いや、男というのはまだ早いかもしれない。少年だった。

 13歳から15歳くらい、身長はまだ成長途中のようで同じ年代の子供たちに比べると、やや低い、きゃしゃな体をしており、髪の毛が腰までつくほど長かった。

「男の子?」

 覗き込んで疑問符がつきそうなほど、顔は整っていて、美しく、女の子のようだった。

 長いまつげ、白いきめ細かな肌、そしてひかえめな赤い唇。

「こいつの腎臓をもらうからな」

 挨拶もせず、ガマはてのひらで車椅子を押す少年の手をぴしゃっと叩いた。

 少年は痛いという表情をしなかった。

 それどころか、ガマを嫌がるそぶりもみせない。

 (薬物でも投与されてるんだろうか)

 俺はそう思ったけど、薬物づけだったら、ドナーにはなれないからな。


  2人は別れておのおの検査を受けた。

 ドナーの少年は俺の担当になって、血液を採取したが、まったく無表情だ
った。

「あれが君のお父さんかな」

「そう言え…と言われている……」

 少年はぽつりと言った。

「腎臓をあげてもいいのかな?怖くないかな」

 少年はため息をついて言った。

「二つあるから、一つぐらいはいい。もうすでに肝臓の一部は取られたことあるし」

 俺はえっと驚いて、彼の服をめくったよ。

 彼の体の肝臓のあるところに、臓器を取り出したと思われる小さな手術痕があった。

「………この子…は」

 俺は嫌な予感がした。
  

 夜、こっそり、俺は病院の屋上のヘリポートの隅でタバコを吸った。

 こんなにドナーの出自も怪しい移植手術なのに、病院側はやる気だ。金やら便宜のためにやる気まんまんか…いやな感じだ。

 ふっと見ると24時間ドクターヘリ迎え入れ用にライトアップされたエリアを少年が歩いていた。

 あの少年だった。

 少年は目を輝かせてゆっくりと歩いている。

 輝かせている…それは比喩ではない…彼の瞳はLEDのように青く輝いていた。

 俺は思わず声をかけた。

「おい、屋上はヘリが降りてくるから危険だぞ」

「……ごめんなさい」

 少年は俺のところへやってくる。ミステリアスな青く光る瞳がこちらを見た。

「ま、俺もこんなところにいちゃいけなんだけどさ、ここ喫煙所じゃないし」

「?」

 少年は首を傾げた。

「君、その青く光る目は……?」

 俺は真っ先に尋ねてしまった。好奇心が先を行ってしまったんだな。
 少年の声が急に低い声になった。

「見たのか…、仕方ないな」

 昼間とかわって、少年はふてぶてしい態度になったんだ。そして、怪しく笑ったんだ。

「この瞳見たやつは生きていられないんだが、いいか?」

 俺はあせった。

「えっ、ちょ、待てよ」

 少年は手を伸ばし、俺の首を締めようとした。人を殺そうとしてるのに、笑ってるんだ、どうしてだよ。理解できねえよ。

「待て待て待て」

 俺は少年の腕をはらいのけた。

「頼む、なんでも言うことを聞く。命だけは助けてくれよ」

「?」

「俺は医者の2世じゃない、貧しいのに無理して医大に行って卒業したんだ、親が無理して立て替えてくれている学費を利子付けて返さなければならないんだ、今死ぬわけにはいかないんだよ」

 少年は手を引っ込めた。

「そうか、それならやめる…。俺はこの子のもう一つの性格だ。この子を守る為に生まれてきた野蛮な性格さ、俺がこの子の体を支配している時、目が光るらしい」

 俺はおどろいたね、二重人格者か、ドラマでは腐るほどある設定だが、こんなリアルで見るとは思わなかったからな。

「話せば長くなるが、この子がなぜここに来ることになったかを聞いてほしい。そして、ここから逃げるのを手伝ってほしい」

 ぎらぎらした瞳のまま話す少年を見て俺は言った。

「逃亡する…どうして…」

 俺はもう、納得いかなくてなんでも聞き出すことにした。

「この子の体を切り刻まれるのは本意ではない」

「でも」

「この子はドナーになってもいいと言っているが、それは命令されて言わされていること。彼は体の一部であっても切り刻まれることはのぞまない」

 闇が深いな、と俺は思った。

 話を聞こうとしたら、ガマのボディガードか護衛みたいなスーツ姿の男が二人現れて、少年を捕まえた。

「おい」

「逃げるなよ、見張ってるんだぞ」

 スーツ姿の男は無抵抗の少年に医療用の腕の拘束具をつけた。
 見た目は布だが、いかつい布製の手錠のように見えるやつだ。

「おい」

「どうも、捕まえててくれてありがとうございます。気分でふらりと外出するくせがあるみたいで」

「そうですか、気をつけてくださいね」

 俺は思わず言ってしまった。

 二人に左右の動きを封じられ、少年は連れていかれながら、振り向いて俺を見た。

 その瞳は悲しげな茶色だった。
 

 青い瞳の少年の名前は、あのガマの苗字に名前は「一」読み方にはひねりがなくて、そのまま「イチ」…養子になったのが最近で、やっつけにつけられた名前にしか見えない。俺はカルテを見る、年齢17歳、うそつけ、ドナーになる意思表示ができるぎりぎりの年齢の15にもとどいているかどうか怪しかった。

 俺は彼の様子を見に病室に行く、彼は個室を与えられて、人目につかぬよう隔離されているらしい。病気ではないのに、本当にひどい。
 
 彼がいる部屋の前には昨日見た護衛のうちの一人が無表情で立っていた。
 俺が来ると頭を下げ、中に入れてくれた。
 
「Greensleeves was all my joy, Greensleeves was my delight, Greensleeves was my heart of gold, And who but my lady greensleeves?」

 そこにはベッドに座って、両手を拘束具に拘束された「イチ」が小声で歌を歌っていた。声変わりかけた、少しハスキーなボーイソプラノだった。そのハスキーさがはかなげなこの曲をさらに悲しく切なくさせていた。
 
 電話の保留音でよく聞く、あの物悲しい曲に歌詞があったんだな。俺は初めて知った。

「いい曲だな、歌もうまい」

「Greensleevesていう曲、俺が覚えている曲はこれしかない」

 片ほほが腫れている。どうしたかと聞くと、勝手に歩き回っていたことで、あの男に殴られたという。取り出す予定の腎臓に影響が出ては困るので、体ではなく顔を叩かれたのだろう。

「覚えているって?どうしたんだ、イチくん」
 イチは眠たそうな顔をして、ふうっと目を閉じた、そして開けた時には、あの青く輝く瞳があった。昨夜会ったあいつだ。

「こいつは一年前は優秀な『少年兵』だった。誘拐され、放り込まれたアフリカの紛争の国で、使い捨てにされるはずの彼は過酷な環境を生き抜いた。契約が終わり自由になれる寸前のところで、どこかで頭をうったらしい。彼は記憶を失い、武器を持つことができなくなった」

「少年兵って…だって彼は日本人そのものの容姿をしているじゃないか、そんな彼がアフリカ…なんて」 

 青い瞳のイチはうなずいた。

「日本人とは限らない。日本の近くに日本人とよく似た容姿を持つ、人権なんて言葉がつうじない国があるだろ、誘拐される前はそこにいたんだ」

 そのまま殺されてもおかしくなかった彼は、日本の近くの人権がないと言われる大きな国の富裕層の人間の元に売られ、送られた。

 美しい容姿が幸いだったのか、災いだったのかわからないが、その富裕層の人間の「玩具」とされる為に送られたって、そいつは真顔で言うんだ。それには自分も耳を疑った。

こんな酷いことがあってたまるかよ。いや、事実はもっとひどかったんだ。

「彼らの本当の目的は、この子の肝臓をもらうことだった」

 彼は無理やり眠らされ、体を開かされ、肝臓の一部を奪われたというんだ。そして彼はその富裕層の人間と知り合いだったというガマに転売された。ガマは身内に腎臓のドナーになることを拒否されるほど嫌われていて、金をつんで臓器を買ったのだ。

 日本人だったら、まだ義務教育を受けている年齢で銃を持ち、内臓を奪われた少年…。

そんな彼にむらがり、貪る大人たち。

「ひどいな」

 その時な、俺若かったんだな、と思う、今だったらやらないな、無謀にもこの少年が逃亡するのを手伝ってやろうなんて考えたんだよ。

「お前が逃げるのを手伝うよ」

 青い瞳のイチは俺をじっと見つめて頷いた。

「頼む」


 その夜、少しトラブルがあったことを付け足しておくよ。

 手術を前にして、長い髪は邪魔になるだろうと、ガマの命令で、髪を切ることになったんだけど、イチは激しく抵抗した。護衛の男たちを足で蹴り飛ばし、拘束された腕ではさみを持ったガマの秘書をぶんなぐっていた。その時、イチの瞳が青く輝いていたのかどうかは俺は知らないけど、少し切られて泣きながら、彼がベッドの上に散らばったその髪の毛を集めていたのだけは見た。

 もう、自分のものは髪の毛一本でも汚い大人たちに取られたくなかったんだ。彼は強く決心したんだろうな。いびつな大人たちに囲まれて、奪われる生活をするより、自分の足で歩いて生きていくことを。


 当日、俺はイチの麻酔の手伝いをすることになった。手術室に入る前の手前の準備をする部屋で、イチを麻酔で眠らせる。

  ここで、麻酔をしようとしたら、暴れたという形にして、逃亡させることにした。

 いったんこの部屋に入ることで、ガマの護衛から離れられる。チャンスだ。
 幸いにも、担当の麻酔医も、手伝いをする看護師も、ガマのパワハラとセクハラの被害者だった。俺の味方だった。二人はイチが暴れてケガをした風を装って倒れてくれていればいい。

 少年は車椅子に乗せられて運ばれてきた。

 護衛たちの見張りはここまでで、ここより奥は医療関係者と患者以外は立ち入り禁止だ。

 非接触ドアが閉まった瞬間、俺たちは少年を車椅子から起こす。

 女性看護師で、ガマにお尻を触られて嫌な思いをした舟木さんは、イチの手の拘束具を素早く外した。

 麻酔医の江角さんはわざと、器具を床に散らした。江角さんは、ガマに注射を打とうとして下手と言われて手を叩かれたことがあった。

 少年がたちあがると、俺はイチに向かって言った。

「イチ、俺の顔をあざができるくらい殴れ」

「え……」

 イチはとまどった。

 ぺこ。

 最初のパンチは失敗した。

「あのな、激しくやってくれた方が俺らにはいいんだ、わざと逃がしたんじゃない、俺たちは治療行為をしようとしたところにお前に襲われて倒れたということにしたいんだ」

 イチは力をこめて拳で俺を殴った。俺は反動ですごい勢いで壁にぶつかった。

「いいいいいいっいってえ…」

 この時の痛みは今でも忘れない、ほら、俺、小さな頃から医大をめざす勉強大好きないい子だったからさ、殴られたことなんてなかったんだ。

「ごめんなさい」

「時間ないよ」

看護師の舟木さんは少年の足に白いスニーカーをはかせた。

「素足で脱走は危ない」

 サイズが偶然にもぴったりだった。

 俺はほおをさすりながら言った。

「あのドアは見ただろ、非接触っていって、足をあのセンサーにあてると開く、そこから左に折れて進むと、防火扉があって、すぐ避難経路の階段が見える。そこをくだって、外にでろ、そこは関係者しか使わないし、皆エレベーターを使うから、あまり人は来ない。お前が扉を出て5秒したら、俺たちは悲鳴をあげて倒れるから、それまで全速力で逃げろ」
 
時間がきた。

「ありがとう、皆さん」

 イチは丁寧に頭を下げると、音もたてずにしなやかに走っていき、扉を開けた。

 さあ、俺たちの芝居が始まる。

 イチはまるで、猫科の猛獣のような素早さでかけていく。

 その時、俺は見た。

 彼と並走する黒いヒョウを………。

 幻想だったのかもしれない…でも思ったんだ。あれが、イチを守っているもう一つの性格にして、獣……。

「さん、にい、いち」

 舟木さんは律儀にもカウントしてくれた。

 看護師の舟木さんは車椅子をわざと壁にぶつけて倒れた。麻酔医の江角さんも床に倒れたポーズをした。俺は壁に頬をすり寄せて、半身起こして倒れている風にした。

 そして、俺は今にも死にそうな悲鳴をあげた。

「うわあああ」

 隣の手術室から、研修医仲間や看護師たちが慌ててきた。

 俺は、イチの強力なパンチの痛みがあとからきて、意識を失ったみたいだった。

夢の中でさ、イチは真夜中の、人がいなくなった東京の街中を一人で歩いていた。そこにも黒いつやつやの毛並みをした青い瞳の黒ヒョウが付き添っていた。イチが立ち止まって
振り向くと、服を噛み、ぐいぐいと引っ張る。ああ、そうだ、止まるな…早く…逃げてくれ…。たのむ…。

 それからの話、ガマの手術は中止になって、ガマはこそこそと退院していった。
俺たちは警察に届けたか、大学病院側に聞いたが、届けてないと言った。

 やはり、あの手術は後ろめたいものがあるものだったということが証明された。

 俺たちには治療費と一緒に、何枚か福沢諭吉が入った封筒を手渡された。警察は呼ばないかわりに、俺たちに口止め料を払ったのだ。

 その一部をつかって、三人で飲んだけど、あの子は今頃、どうしているのかと心配ばかり話題に出た。うまく逃げ切ってほしい、できれば、今度こそ、まともな大人に保護されてほしい…。日本は優しい国だ、前よりかはましな生活ができることを祈った。


 ……という話さ、え?嘘くさい話だって?まあ、確かに、こんな不思議な話、作りものみたいに見えるよな、でも現実にあったんだ。

 あいつが今、どこにいるのか、この電話の保留音聞くたびに思いだすんだよね。今でも、そしてこれからも。

 そして、俺は、やつが幸せな大人になって暮らしていることを祈ってる。
 その為に逃がしたんだからさ。

 俺の話はこれでおしまい。そうだ、もし、街中で青い瞳の黒ヒョウを連れた成人男性を見かけたら、俺に教えてくれよな。
 

                              (END)

作業用BGM
「Greensleeves」
「oblivious」Kalafina 



#ダークファンタジー  #現代ファンタジー #企業ドラマ #静かな物語 #深層心理 #小説 #AI #生成画像AI #大企業系ファンタジー小説
 


いいなと思ったら応援しよう!

夢みる宙二 もしよろしかったら応援お願いします。いただいたチップは創作の活動費として使わせていただきます。