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宇宙珍獣🦄✨たまにはちょっと真剣な話🌼🌼🌼「知らないほうが幸せ」って、本当の優しさなのかな。。。。


みなさん🌈✨こんばんは✨
今日はちょっと真面目モードの宇宙珍獣🦄✨です🌼
(サムネは
UTAちゃんがプレゼント🎁してくれましたー💖)

WONDER LABO🌈🚀で新記事を出しました🍀✨

生まれて間もない子犬の尻尾が
人間の都合や
昔からの慣習によって切られていること😭
鳴き声がうるさいからと声帯をとられてしまうこと😭
など

その事実を記事にしたら

「知らなかった!」
「まさか、そんなだったとは😭」
という声が、たくさん届いた。


わたしもうちの茶々丸と出会う流れにならなければ、、
キチンと知ることはなかったと思う。


知らなければ、疑問にも思わない。

あの丸いお尻を見て、
「コーギーって可愛いね💖」で終わってしまう。

もちろん、知ったら心が痛む。

「そんなこと、知らなければよかった」
「可愛いコーギーを見るたびに思い出してしまう」

そう感じる人もいるかもしれない。

それでもわたしは、
知らないままでいるより、
知る人が増えてほしい
と思った。

なぜなら、現実を知る人が増えなければ、
その仕組みは永遠に変わらないから。

ただ同時に、こんなことも考えた。

わたしたちは、ときどき、
「ショッキングだから」
「怖い思いをさせたくないから」
「傷つけたくないから」

という理由で、誰かから現実を遠ざけようとする。

それはきっと、優しさから始まっている。

だけど――

嫌な思いをさせないようにすることは、
本当にその人を守ることなのだろうか。。。

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先日
広島平和記念資料館にかつて展示されていた
「被爆再現人形」のことを知った。

原爆投下直後、
焼けただれた皮膚を垂らしながら、
水を求めて歩く人々を再現した人形。

その人形は、2017年に常設展示から撤去された。

子どものころに見て、
何十年経っても忘れられないという人も多いらしい。

撤去の主な理由は、
遺品や写真、被爆者の証言など、
実物資料を中心に被爆の実相を伝える展示へ変えるためだったという。

また、被爆者からは、

「実際の惨状は、こんなものではなかった」
「人形では、かえって被害を軽く伝えてしまう」

という声もあったそうだ。

だから単純に、

「怖すぎるから撤去された」
「子どもの精神的ストレスに配慮して撤去された」
という話ではない。

だけど撤去をめぐって、

「子どもに見せるには刺激が強すぎる」
「怖い思いをさせる必要があるのか」

という議論があったことも知った。

それを聞いたとき、
わたしの中に、ひとつの問いが生まれた。


嫌な思いをさせないようにすることは、
本当にその人を守ることなのだろうか。。。


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そしてその問いは
つい最近、親族が亡くなり
その出来事とも重なった。。。

わたし自身が深く関わっていた方ではない。
けれど、決して遠い世界の話でもなかった。

もう長くはないかもしれないことを、
周りの大人たちは知っていた。

けれど、中学生と小学生の
子どもたちには知らされていなかった。

本人が望まなかったのか。
周囲の大人が配慮したのか。

詳しい事情を、わたしは知らない。

だから、その判断を責めたいわけではない。

病気や死を、子どもにどう伝えるのか。

正解なんて、簡単には決められない。
とても、とてもデリケートなことだと思う。


ただ、子どもたちは、
「早く元気になってほしいね」
「退院したら、また会えるね」
と、その人が帰ってくる未来を待っていたという。

そして、、、
葬儀で1番悲しんでいたのは子供達だった、、、、。


食事も喉を通らない、、、。
ずっと泣いている、、、。

大人たちは声をかける。
「ご飯食べなきゃ」
「そんなに泣いていたらおばあちゃんが悲しむよ」

わたしは見ていて苦しくなった。


大人たちは心の準備ができていた。
けれど、、子供たちは、、、?


もし、助からない可能性が高いことを知っていたなら。

「とても重い病気なんだよ」
「元気になれるかは、まだ分からないんだよ」
「会えるうちに、伝えたいことを伝えておこうね」

そんなふうに、年齢に合わせて伝える方法も
あったのではないだろうか。

すべてを生々しく伝えなくてもいい。

「もうすぐ亡くなる」と、
いきなり突きつけなくてもいい。

だけど、現実に触れるための小さな扉まで
完全に閉じてしまわなくてもよかったのではないか。

そう思ってしまった。

わたしはただ
隣にそっと寄り添うしかできなかった。


子どもたちにとって、初めての身近な人の死。

悲しいのは、どうしたって避けられない。

大切な人が亡くなることを、
悲しくない出来事には変えられない。

もし大人が先に知っていたことを、
ずっとあとになって知ったら。

「みんな、分かっていたの?」
「どうして教えてくれなかったの?」
「最後に言いたいことがあったのに」

そう感じる可能性もある。

死別の悲しみに加えて、
「自分だけ、本当のことを知らされていなかった」
という寂しさまで背負わせてしまうこともある。

もちろん、実際に子どもたちが
どう感じるのかは分からない。

何も知らされなかったことで、
穏やかな時間を過ごせたのかもしれない。

本人の「知られたくない」という意思が
何より大切だった可能性もある。

だから、外側にいるわたしが
誰かを悪者にすることはできない。

それでも、考えてしまう。

子どもを悲しみから遠ざけることと、
悲しみに向き合う力を信じないことは、
とても近い場所にあるのではないか。
 
子どもだから分からない。
子どもだから耐えられない。
子どもだから、見せないほうがいい。

そうやって大人が先回りして現実を隠すことは、
本当に優しさなのだろうか。

人は、いつか亡くなる。

大切な存在との別れも、
生きていれば避けられない。

戦争も、原爆も、動物たちが置かれている現実も、
知れば心が痛む。

できれば見たくない。
知らないほうが楽なこともある。

だけど、
見せないことと、守ることは同じではない。
知らせないことと、優しさも同じではない。

現実を突きつけて、ひとりで耐えさせる必要はない。

怖かったら、一緒に怖がればいい。
悲しかったら、一緒に悲しめばいい。
分からなければ、一緒に考えればいい。

嫌な思いを一切させないことではなく、

避けられない現実に出会ったとき、
その人が受け止められるように隣にいること。

それが、愛なのではないだろうか。

そして、知ることによって初めて、

最後に会う。
ありがとうを伝える。
抱きしめる。
手紙を書く。
祈る。

そんな選択ができる。

現実を知ることは、
悲しむためだけではない。

最後に愛を伝えるためでもある。

何を、どこまで、どう伝えるのか。

わたしは、
自分が小学生の頃から
それなりに色々考えていたし
大人たちの振る舞いを見ていた。

だから、余計そこに反応しちゃうのかもしれない。

大人が思っている以上に
子供はわかっている、、、と思う。

もちろん未熟なところもたくさんある。

それでも真正面から
話したら伝わることもたくさんある。

だから、
「嫌な思いをさせたくないから、知らせない」
と決める前に、一度だけ立ち止まりたい。

それは本当に、
その人の心を守るためなのか。

それとも、

その人が悲しむ姿を見るのがつらい、
大人自身の心を守るためなのか。

優しさとは、
本当の思いやりとは、

つらい現実を見せないことではなく、

現実を知って、
怖くなったり、悲しくなったりしたときに、

その人をひとりにしないことなのかもしれない。

そして、

悲しむ力も、
受け止める力も、
自分で考え、選ぶ力も、
その人の中にあると信じることなのかもしれない。

知らなければ、傷つかずに済むこともある。

だけど、知ることでしか、
変えられない未来もある。

知ることでしか、
伝えられない愛もある。

だからわたしは、
「知らないほうが幸せ」と
誰かの代わりに決めてしまう前に、

何が本当の優しさなのかを、
これからも考えていきたい。

· · • • • ✤ • • • · ·· · • • • ✤ • • • · ·· · • • • ✤ • • • ·

、、、、、、、、、、、、


ちょっとしんみりさせちゃったかも🥹


で、これ、2020年にひとり旅で
九州1周旅行した時✨


今日だね。8月9日。長崎原爆。

FB引用

この頃から宇宙珍獣🦄の尖りっぷり


長崎にいるFBで知り合った友人に
突撃で会いに行くのも
この頃から変わらない🤣💖


坂本龍馬像と同じポーズを
タクシー🚕のおじさんに📸とってもらい🤣

「時代の世間の目や常識からも、
もっとはみ出して邁進していける力が湧いてくる
願掛けをした!」

と書いていました🤣🤣🤣

このころから、
やってることも思想も変わってない🤣‼️

というわけで宇宙珍獣🦄✨

これからも坂本龍馬みたいに、
世間の目や、古い常識からはみ出して
愛と自由のために
ぶっとんでいくぜぃーーー😍😍😍🦄🌈💖🔥

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