【#163 ちゃんとここまで来た、あなたへ】
歩き続けていると、不思議なくらい自分の歩幅を忘れてしまうことがある。
まだ届いていない場所ばかりを見つめて、足りないものを数え、もっと遠くへ行かなければと心を急かしてしまう。気づけば、振り返ることもないまま、昨日までの自分を追い越そうとしている。
けれど、本当はもう十分なくらい、いくつもの道を越えてきた。
誰にも気づかれなかった涙も、人知れず飲み込んだ言葉も、夜が明けるまで抱えていた迷いも、そのどれひとつ欠けることなく、今の自分の中に静かに息づいている。
強くなろうとした日ばかりではなかった。
立ち止まった日もあったし、何も決められずに時間だけが過ぎていった日もあった。自分がどこへ向かっているのかわからず、足元だけを見つめていた日もある。
それでも、心は少しずつ前へ進んでいた。
目には見えない場所で、小さな勇気を育てながら、何度も傷ついて、何度もやわらかくなりながら、自分だけの形をつくってきた。
成長は、いつも静かだ。
昨日と今日を比べても何も変わっていないように見えるのに、ある日ふと、自分が以前より穏やかに息をしていることに気づく。以前なら苦しかった出来事を、そのまま受け止められる自分がいる。誰かと比べることに疲れた日は、自分の心へ帰る方法を少しだけ知っている。
そんな小さな変化は、大きな成功よりもずっと確かなものなのかもしれない。
人生には、誰かに拍手をもらえる瞬間よりも、誰にも知られずに踏ん張っている時間のほうがずっと多い。
だからこそ、その時間を過ごしてきた自分を、ちゃんと認めてあげたい。
急げなかったことも、迷い続けたことも、遠回りしたことも、何ひとつ無駄ではなかった。
そのすべてがあったから、今の自分は以前より少しだけ人にやさしくなれて、少しだけ自分を信じられるようになっている。
未来のためだけに生きなくてもいい。
何者かになるためだけに頑張らなくてもいい。
今ここにいる自分は、昨日までの自分が何度も立ち上がり、何度も心をつなぎ合わせながら連れてきてくれた、大切な存在なのだから。
ちゃんとここまで来た。
その事実だけで、本当は十分に誇らしい。
まだ見つけられていない夢があっても、まだ不安が消えなくても、歩みは止まっていない。心は静かに呼吸を続け、少しずつ光のほうへ向かっている。
今日の自分を、無理に好きになれなくてもいい。
ただ、ここまで生きてきた時間にそっと手を重ねて、「よく頑張ってきたね」と静かに微笑むことができたなら、それだけで心は少し軽くなる。
そしてそのやさしさは、きっと明日の自分を、また一歩だけ前へ運んでくれる。
