試練グセを手放す
変わろう。前を向こう。
そう決めたからこそ受け取れた鎌倉でのギフト。
それからというもの、また私の中で点と点が繋がる感覚…
様々な"気付き"として、私の中に現れ出してきた。
その中でも特に大きな思考グセ。
長年私はそれを人生ドラマとして、ずっとずーっと繰り返してきていたことをやっと認めることが出来た。その思考グセとは…
***自ら試練を与えて「もうダメだ」になるギリギリまで追い込んで、自力でなんとか乗り越える。**
そんな壮絶で苦しい人生ドラマ。
わぁ!めっちゃハードモード!!泣
それを私はどの局面でも、どのジャンルでも、繰り返していたことにやっと気付いたんだ。
やだもう…どれだけマゾなの???
頑張って乗り越える。
我慢して堪える。
難しい壁に立ち向かう。
その上でじゃないと、幸せは掴んじゃいけない。手に入らない。
そんな設定(思考グセ)。
だからいつも絶望的な気持ちになるように自分を追い込む。問題を作り出す。
そうやって苦しいドラマを楽しんでいた。
本当に最悪だ…
だけど言い訳じゃないけれど、そう気づいたときに思ったのが、私の周りも皆「そう生きなければ」としているよな。そうじゃないと…と必死に苦しい現実を生きていた(いるように見えた)よな。そして私もそう教わってきたよな。
小さい頃からの英才教育。
古き良き(?)しきたり・刷り込み。
みんながみんな、それが当たり前と言う背中を私にずっと見せ続けてきていた。
それを私は何の疑問も持たずに、採用していただけだったんだ。
でも本当は苦しかった。
つらかった。
悲しかった。
嫌だ!こんなの違う!と心が泣き叫んでた。
私はもうこれは望まない。
私はもうこう生きたくない。
軽やかに願えば叶う世界。
好きや楽しいがサクサク現れる世界。
そんな楽ちんでカンタンな世界を、私は生きていきたいし、「もういいんだよ」と自分に許してあげたい。
感情がここまで降りてきてやっと、私は私に「よく頑張ったね」と声をかけてあげることが出来た。
そのくらい、私は自分を許せていなかったんだね。
ごめんね。ありがとう。
これまでの私は、そうやってでしか自分を守れなかった。そうじゃないと生きられない、死んでしまう、、そう怯え続けていた。
でももういいよ。十分。
よくやった。偉かった。
もう我慢して、制限かけて、苦労を買って、自分に圧をかけるような生き方はやめていい。
自由に、軽やかに、際限なく、自分のままに、好きな世界を生きていい。
私はこの試練グセを、人生ドラマを手放して自由になります!
温かな涙とともに、そう宇宙に宣言をした。
