絶望と希望
人はなぜ生きているのだろうか。
希望と絶望がはびこる世界で、あなたは何を思うのか。
朝起きて、まばゆい光を目にするものもいれば、絶望の光を感じるものもいるだろう。
私はまばゆい光と読み取ることはできない。
毎朝思う、私はここにいて良いのだろうかと。
私のあるべき姿はここではないどこかなのではないかと。
何になりたかったのだろうか。何ものにもなれない自分を認めることが出来ない。
認めてしまえば、楽になれるのに。
あの時、ああしておけば。こうしていれば。今頃世界は変わっていたかもしれない。
私を包む光はもっと輝いていたかもしれない。
今は、輝き一つなく、くすんでいる。
私は昔の理想で止まっている。
動き出そうとしても、昔の理想と現実の乖離に目を向けるのが怖くて動けない。
自分が一番恐れ居ているのは、自分だ。
過去の自分に勝てなくて、戦いもしていなくて、その自分と向き合うことから逃げている。
私にも希望を感じる日が来るのだろうか。
素直に希望を希望と受け取れる日が来るのだろうか。
不安があることが安心の一つになってしまっていて、そう思うことで過去の自分とまだ戦っている気がして。
不安を手放す事すら恐れている私に、希望はみえるのだろうか。
そう考えながら、きっと希望が見える時が来る。生きていれば、きっとその瞬間が訪れる。
そう構えている自分にも嫌気がさすのだ。
いつまでも受け身で、動き出そうとしない自分に。
絶望を希望に変えるのは自分しかいないのに、いつまで私は希望が来ることを願っているのだろう。
人はなぜ生きるのか。私は自分の絶望を希望に変えるため、その目標のためにとりあえず、生きているのかもしれない。
