うちの日常は、世間の非日常?⑨
父親とお風呂に入りたかったのに、我慢してしまった長男の末路
昨日の夕食後。
長男はテレビ、次男はYouTubeを見ながら、お風呂が沸くのを待っていました。
我が家では、いつも私と子どもたち3人でお風呂に入るのが定番です。
でも昨日は、次男が珍しく、
「パパとお風呂に入る!」
と言いました。
「じゃあ、長男はママと入ろうか。」
そう声をかけて、私は先に長男とお風呂へ。
しばらくすると長男もやってきました。
でも、なんだか浮かない顔をしています。
身体が冷えないうちにと、お湯をかけて洗い始めると、突然シクシク泣き始めました。
「どうしたの?」
話を聞いてみると、
「僕もパパと入りたかった。」
とのこと。
どうやら、次男がパパと2人でお風呂に入るのが羨ましかったようです。
さらに話を聞いてみると、
「パパと一緒に掃除したかった。」
「ゴミ出しにも一緒に行きたかった。」
そんな気持ちもあったようでした。
次男がパパと一緒に行動しているのを見ているうちに、
「自分もパパと2人で過ごしたかった。」
という気持ちがどんどん膨らんでいったのだと思います。
「じゃあ、パパと次男がお風呂から出てくるのを待って、一緒に入る?」
そう聞いてみました。
でも、
「最初から一緒に入りたかった。」
とのこと。
なるほど。
後から一緒にできればいい、という話ではなかったのです。
「自分も最初から選ばれたかった。」
そんな気持ちだったのかもしれません。
泣きながら話す長男の気持ちを受け止めながら、しばらく待ちました。
でも、なかなか気持ちは収まりません。
そこで夫にも事情を伝えました。
ただ、こういう時の夫は、子どもの気持ちに寄り添うというより、正論を返しがちです。
「仕方ないよ。」
「次男が先に言ったんだから。」
きっと、夫からすれば間違ったことは言っていません。
でも、今の長男が欲しいのは正解ではない。
「悲しかったね。」
「パパと入りたかったんだね。」
そんな言葉だったのだと思います。
結局、長男は我慢したまま泣きながらお風呂から上がりました。
私も急いでお風呂を済ませます。
そして、ここはもう夫にお願いするしかない。
長男の気持ちを説明して、「少し話してあげて」と伝えました。
夫も長男と話をしてくれました。
その後は、服を着ながら少し遊んだり、時間を決めて3人で遊んだり。
そうしているうちに、少しずつ長男の気持ちも落ち着いていきました。
今回のことで、改めて思ったことがあります。
こういうイレギュラーな子どもの感情に対応する時、我が家では「察して」は、あまりうまくいきません。
私が、
「長男が今こういう気持ちだから、こう声をかけてほしい。」
と具体的に伝えた方が、夫は動きやすい。
昔の私は、
「普通なら分かるでしょ。」
「親なんだから察してよ。」
と思っていました。
でも、それではお互いに疲れてしまいます。
だから今は、必要な時には具体的に伝える。
そして、夫ができることはお願いする。
そんなふうにしています。
夫も親になって5年。
最初から何でもできたわけではありません。
今でも、子どもの突然の感情の変化にどう対応したらいいのか分からないことはあります。
でも、少しずつできることは増えています。
そして私自身も、
「夫婦なら言わなくても分かるはず。」
という理想を手放せるようになりました。
夫婦ツーカーでなくてもいい。
何でも阿吽の呼吸でできなくてもいい。
必要なことを伝えて、できることをお互いにやる。
それで十分なのだと思います。
物理的に私一人ではどうにもならない時には、夫の力が必要です。
だから、
「察してよ。」
ではなく、
「今、これをお願いしたい。」
と伝える。
それだけで、少しずつ家族の形が変わってきました。
理想の夫婦像を追いかけすぎない。
相手を変えようとしすぎない。
今の私たちにできることを、できる範囲でやっていく。
完璧な夫婦ではないけれど、それでもちゃんと家族としてやっていける。
今回の長男のお風呂事件も、そんなことを改めて教えてくれました。
