死ぬかと思った
夏休みの思い出といえば、海での怖い経験だ。小学校中学年まで、8月に入るとお盆明けまで、結構長い日数を弟と2人で小さな島で暮らす祖母の元に預けられた。島に来るまでに宿題は終わらせてある。毎日することは、ただ海水浴場に行って遊ぶだけ。朝から晩まで海で泳いだ。それしかなかった。
数百メートル続く白い砂浜の西には、引き潮の僅かな時間だけ出現する小さな砂浜があった。引き潮の時でも陸続きではなかった。わたしはその砂浜に行ってみたくて仕方なかった。ある時どういうきっかけか、従兄弟、弟とその場所に向かうことにした。
今なら行ける。
引き潮が一番引いた時間を見計らって出発したんだと思う。しかし、そこが折り返し地点だということを幼いわたしたちは知らなかった。
砂浜の西の端に向かうに連れて海の家もなくなり人もほぼいない。やがて砂浜は終わり、岩場が連なっている場所を進む。つるつるすべる大きな岩を渡るんだが、足を踏み出すと、それまで岩肌と同化して息を潜めていた何百ものフナムシが、まるで一つの生き物のように、さささぁーーーっと四方八方へ蜘蛛の子を散らすように逃げていく。鳥肌ものだ。岩を渡り、海の中を進み、また岩を越える。
気づけば膝下だった海水が、膝上あたりまで来ているが気にせずに進む。足取りは軽かった。しかし、あっと言う間におヘソまで来て初めて不安になった。潮が満ちてくるに連れて海中の足が浮きそうになり、踏ん張りが効かなくなった。
見えてはいるものの、目的の砂浜の幅が狭くなっている気がした。これは危ない。本能が知らせる。
残念だけど、諦めるしかない、引き返そう。
そう決断したのはわたしか、従兄弟だったか覚えていない。「帰るで」そう言うと、普段聞き分けの良い弟が珍しく泣いて拒否した。弟もわたしと同じくらいに、あの砂浜に行きたかったんだと思った。もう少しでたどり着くというのに、それを諦めるなんて出来ないんだろう。可哀想になったが、ここは鬼になるしかない。必死に説得して、わたしたちは引き返した。
行きはよいよい帰りは怖い。
海水はどんどん高くなり、顎まで届きそうだった。死ぬんじゃないかと思った。わたしは泳げない訳じゃなかったが、その場所は泳ぐには適切ではなかった。
どうにかフナムシの岩まで帰ってきて、心から安心した。振り返るとあの砂浜は消えていた。もしあと数分決断が遅れていたら、消えていたのは砂浜だけではなかったかもしれない。
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