「赴任先は沿岸のまち」エピソード教師編
バブルがはじける前で景気が良く、
一般企業に学生が流れた
【でもしか先生】時代
当時の採用倍率は、2倍弱
無事?採用試験を突破して、
沿岸のまちに赴任した
県内だが、
親戚、知人が住んでいなかったので
初めて訪れる場所
小さな漁港があり、
街並みに昔の【色街】の様子が残る学区
(震災で大きく変わってしまった)と、
振興住宅地の学区を持つ地域だった
その場所のウワサは、
・気の荒い船員同士のケンカが絶えない
(2年目には殺人事件発生)
・夜間、女性の1人歩きは危険
・父親が、遠洋漁業に出ている家庭の留守を預かる母親の気性が荒い
【治安が悪そうな地域だなぁ】
期待に胸膨らむ気持ちと不安な気持ちが、
50:50
幸いなことは、
○勤務校に、高校陸上部の先輩がいたこと
○市内中学校に、高校陸上部の同級生(大学の1年間ルームシェア)も赴任したこと
とても心強かった
アパートは、眼前が岸壁の鉄工所3階の部屋
(この年の冬に、岸壁を車で突っ切る心中事件発生)
引っ越しの日は、大した荷物も無いのに、
顔見ついでにほとんどの職員が手伝いに来てくれた
4月1日、ラジオ📻を聴きながら(テレビのアンテナがなかった😭)
トーストの朝食
出勤して、職員室でのあいさつもそこそこに、
教育委員会へ向かい辞令交付式
その後は、地域への挨拶回り
それで初日は終了、翌日の午前中までかかった
2〜4日目は、職員会議、研究会議
提案される内容に、ついていくので精一杯😵
出てくる用語は、ちんぷんかんぷん😅
その間に、『職員歓迎会』🍻
新任者、転任者は一芸を披露しなければならない
私は、歌を歌ったが不合格
ボランティアサークルで覚えた【ヒヨコ音頭】
を歌って踊り合格🥹
やっと5日目で、学年の打ち合わせ
4年生3クラスの2組担任(児童31名)
40代女性の主任、
転勤してきた20代後半の男性の3人組
打ち合わせといっても、
分かりやすい【お局気質】の主任にほぼ一任
何とか土曜日の午後を迎える
(当時、土曜日の午前中は学校)
1週間の疲れがどっと出た
陸上部の先輩と同級生の3人で、
夕食を食べている食堂に集合
とてもじゃないが、
毎日自炊する暇と元気などなかった😭
(コンビニができたのは、3年目)
口数少なく食べ終わる
先輩が、
「海を見に行くか?」
観光地で有名なところだったが、
観に行く時間が無かった
先輩の車で、向かう
月明かりに照らされたきれいな砂浜
長渕剛のカセットテープを聴き、
波の音を聞いていると
涙が流れた
夜遅くまで、車中で愚痴を言い合った
気持ちが楽になった
【この2人がいなかったら、
どうなっていただろう】
とも思った
この後も、ことあることに海を見に行った
教師生活34年の第一歩
2026年の正月明け、
同級生が、校長最後の年なので3人で一献
海を見に行った話をすると、
「あれで助けられたよなぁ❗️」
としみじみ語り合った
