生ける怪物。
毎日は苦しくても、生きていて嬉しくなることがある。
たとえば。
くたくたに疲れていたけれど、電車で親子に席を譲った。
仕事の電話で、相手に適切なアドバイスができた。
友人の悩みを聞いて、相談に乗った。
毎日生きていても楽しくないけれど、こんなちょっとのことで、良い気分になる。
誰かの役に立ちたい。私の行動の源泉だ。
でも、考えてしまうことがある。これは、相手にとってプラスをもたらすことが嬉しかったり、自分の正義に照らしてよいことだから生じる、良い感情なのだろうか、と。
いや、違うんだ。本当はわかっている。
相手のプラスになることをして、自分の存在意義を確かめているだけだ。
実に自分勝手だな、と自己嫌悪してしまう。
この暗闇みたいな人生で、自分の存在意義がないなんて、頭ではわかっている。
もう30代でも誰からも選ばれていないし、交友関係でもナンバーワンの存在にはなれていないのが、その証拠だ。
そんな事実を前にしても、自分に存在意義があるって信じたい気持ちがあるかといえば、たぶん答えはイエスだと思う。人から必要とされない、孤独な人間だと自覚があっても、である。
だから、そんな不純な動機で相手のプラスになることをしているだけなのではないか。全部でなくても、こんな気持ちは含まれている。そう思うことが増えた。
孤独感と嫌悪感、自己否定。私はずっとこれらを抱えて生きてきた。
心の底では、いつだって、消えてしまいたい、って、そう思っている。
私の人生において、だれかに本音を話せたことはほとんどないし、自己肯定感も低い。
そんな私。孤独な人生だとわかっているのに、自分に存在意義がないなんてわかっているのに。少しだけはまだ信じてみたくて、誰かに必要とされるために生きている。
信じていないのに、信じたい気持ちを完全には捨てきれていないから、ダメだとわかっていても期待して。こんな感情の狭間で、ずっと同じことを繰り返している。
まさしく、生ける怪物みたいな存在だ。
これをいつまで繰り返せばいいのだろう。
(終わり)
