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第3話 高校入試とらき☆すた


はじめに

ちょうど期末テストの時期が近づいていたこともあって久しぶりの投稿となります。よろしくお願いします。

高校入試直前期

祖父と別れ、そこからの3ヶ月はかなりきついモノだった。祖父の別れからちょうど1週間後に2学期の中間考査があったのだが全くもって良い結果とは言えなかった。それでも定期テストの振り返りカードの保護者からのコメントという部分で「大変な状況でできる限りのことはできたのでは」と書いていたのを今でも覚えている。両親とは受験の事で度々衝突したが、もはや感謝しかない。思えばあの時期はいつも学校から帰ったら勉強をするのではなくらき☆すたのキャラクターソングばかり聴いていたかもしれない。受験生としては良い事ではないかもしれないが、そうでもしないと心が持たなかった。あの頃も「寝・逃・げでリセット!」(柊つかさ)や「黙っと休み時間」(岩崎みなみ)をずっと聴いていた記憶がある。やっぱりやっぱりあの2曲はどうしても聴きたくなってしまうのである。通っていた中学校は携帯の持参は校則で許可されていたが朝に必ず預けるのと登下校中は使用してはいけないルールだったので毎日朝家を出たら帰りまで我慢しなくてはならず大変だった。12月になるといよいよかと緊張感が出てくる。そこでまた期末テストがあったのだが、結果は本当にひどかった。上手くいかず、祖父の仏壇の前で号泣した記憶がある。毎日帰り道に肌寒さを感じながら色々な事を考えていた。「受からなかったら…。」「おじいちゃんは…。」
今思うと、よく耐えられたなと思う。やはりあの当時らき☆すたに出会った事は本当に大きかったのだなと最近気づくようになった。

冬休み

冬休みになると過去問を繰り返し解くという勉強方法が中心になる。過去問を解いた後の休憩の時間は自分にとってかけがえのないモノだった。らき☆すたもそうだったが、この時「日常」(2011年)というアニメにもハマりだした。直前期ではあったが相変わらずアニメにハマってしまっていた。冬休みに入るちょっと前に小学校時代の親友と再会した。その人もらき☆すたなどの平成のアニメが好きでよくLINEでも会話していた「受験期なのにめっちゃ観ちゃうのよね」と話すと「アニメ好きはみんなそんなもんだよ」と言っていた。本当にそうなのだろうか…。年末に「ゆく年くる年」という番組をよく観るのだが、この年はいつもとは少し違う感じがした。NHKの時刻テロップが「0:00」になり、そして鐘の音を聞いた時、「あぁ、これから始まるんだな」とはっきりと実感した。果たしてどんな1年になるのか。あの頃はそればかり考えていた。DiscordでRobloxを通じて知り合った友人がいた(その人もらき☆すたに少し興味がある)のだが、彼にはあの当時本当に助けてもらった。本当は勉強していた方が良かったのかもしれないが彼との会話で心を落ち着かせることができた。

新年

「2年前は初日の出見た後にツムツムしてたんだけどな」「去年は朝イチで神社行ったよな」と思いながら勉強をする。これまでの新年とギャップがあり、少しきつい所もあった。2日、3日は箱根駅伝も開催されていたが昼にお雑煮を食べながら「もっとゆっくり観れたら良かったな…」と少し残念な気分になった。
この時期が一番自分が不安定だったと思う。辛い事があると急に祖父を思い出してしまったり…一度頑張ってみるもののやはりまたすぐに…という感じで全く勉強に集中できていなかった時期だった。あの当時も辛い事があった時はずっとらき☆すたのキャラクターソングをイヤホンで聴いていた。特に「黙っと休み時間」(岩崎みなみ)。らき☆すたのキャラクターソングはどれも好きだが、この1曲には特別な思いを感じる。泣いたり、疲れたり。そんな辛い時期を支えてくれたのも家族とらき☆すただったのではないだろうか。

いざ勝負

ついに本番が訪れた。朝起きて、着替え、祖父の仏壇に行って「頑張ってくるからね」と伝えた後に自分のiPadの壁紙にいるつかさに「行ってくるからね。」と声をかけた。行きに最寄りの駅まで母親に車で送ってもらい、そこから父親と学校に行くことにしたのだが、最寄りの駅で車を降りる時に母親から「今までお疲れ様。頑張ってね」と涙声で話していたのを覚えている。自分も泣いてしまった。湘南新宿ラインの中でらき☆すたのキャラソンを聴きながら理科の単語帳を開く。試験会場に近づくにつれ、緊張は増した。試験会場の最寄り駅で降り、少し歩いたところでイヤホンをしまった。あの時最後に聴いたのは「寝・逃・げでリセット!」だっただろう。会場につき、トイレに入る。別にお腹を壊したわけではない。胸ポケットに入れておいた祖父の顔写真をしっかり見つめ、「頑張ってくるからね」と言いたかったのである。国語→数学→英語→理科→社会という典型的な順番で試験があった。国語はかなり上出来だったかと思われた。問題は数学だ。完全に予想外の難易度で本当に焦った。「おじいちゃん助けてくれ、このままじゃもうだめだ」と心の中で叫んだときに急に1問だけ答えが思いついたのである。数学はかなり厳しかった。英語や理科、社会も難しかった。試験が終わり、父親が「いやーようやく終わったな」と口にしていたが、全く聞く耳が持てなかった。「あぁ…だめやな。」としか思っていなかった。帰りの駅のホームでもイヤホンを取り出し、お決まりの曲を聴いていたがどうも気分が晴れなかった。
その日の夜、いつものようにベッドでらき☆すたのMAD動画(らき☆すた合作)を観ていた。なぜかはいまだに分からないが急に希望を持ち始めた。あの謎の感覚は今でも覚えている。「いやこれ受かるんちゃう?」「倍率低いやん」と少しずつ気持ちを切り替えられた。

運命の日

次の日は3学期の始業式で午前中だけ学校があり、午後4時に合否がわかる。昼あたりに家に帰り、昼食をとる。3時過ぎになるといよいよ緊張が最高潮に達した。3時59分、QRコードを読み込み、受験番号と生年月日を入力した。4時ちょうどにボタンを押した。「受かったら叫ぶからね。それでわかるっしょ」と両親に伝える。そばには祖父の写真も置いた。少し読み込みに時間がかかり、ページの上のバーがなくなったその時。
アクセス日時2026年1月8日16時00分13秒と書かれた画面全体に桜が見えた。この時自分はどれほど大声で叫んだだろうか。「嬉しい」という言葉では言い表せない感情だった。塾の先生にもすぐに電話で報告を入れたのだが、若干過呼吸気味になっていたように感じた。祖母にも電話を入れたが本当に喜んでくれて嬉しかった。「自分の行きたい学校に入れるように頑張る。」あの時自分は祖父とそう約束した。その約束を実現できたことで胸がいっぱいだった。

高校入試と自分

あの時、一番大きかったのは家族と祖父がいつも味方でいてくれて見守ってくれたことだと思う。家族とはこれまで何度も受験のことでぶつかってきたが本当に感謝しかない。祖父も空からずっと見守ってくれていたのだろう。あの数学の試験で自分の心の叫びが通じたのも、きっとそうだろう。
でもらき☆すたを忘れてはいけない。特に支えられたのは曲だったかもしれないが、アニメ自体にも本当に支えられた。祖父が亡くなってから高校入試まで3ヶ月ほどあったのだがいつも心の支えであり続けていた。あのような素晴らしいアニメに出会えた事を本当に嬉しく思う。受験生としては相応しくない夏休みの過ごし方だったかもだが、自分にとってはその後に影響するくらい大きな出会いがあった。今こうして自分が元気でいられる1つの要因である。そんな素晴らしいアニメだからこそ多くの人にその面白さや素晴らしさを感じてもらいたいと思っている。そして、らき☆すたに限らずアニメという日本の1つの文化の素晴らしさを自分自身でこれから実感したい。

次回予告

次回は「第4話 受験が終わり」です。今回はかなり長い話となってしまいましたが最後までお読みいただき本当にありがとうございます。自分語りの多い話となってしまいますがこれからもよろしくお願いします。


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