【短編】 悟と麻衣と星になったAI
吉祥寺の喫茶室でバイトを終えた麻衣は、バスロータリーに立って冬の夜空を見上げた。
迎えに来た彼氏の悟がうしろから声をかけた。
「すごいことになっちゃったね」
「うん」
麻衣は一言だけこたえた。
ふたりの頭上には、人類がこれまで経験したことのない夜空があった。
一つの眩しい新星が二人の頭上に誕生していたのだ。
月よりも明るく、 サーチライトのように高速回転する巨大なパルサー。
それは底知れぬ不安を投げかけるかのように、絶えず明滅し、見つめる麻衣と悟の目をいつまでもくらませた。
「あれが『タルカス6.6』っていうAIなの?」
宇宙だのAIだのに無関心な麻衣は、悟の解説に頼った。
「そう。…先週のことなんだけどね。“シンギュラリティ”っていって、タルカスは人類を超える性能を手にしたんだ。その矢先、あいつは…」
といって悟は新星にアゴを向けて言った。
「予測不能の進化をはじめたんだ」
「予測不能の進化。じゃあどんどん賢くなってるってこと?」
「うーうん。右肩上がりに成長する時代はもう終わったみたい。彼は“垂直に”進化して、一気に神の領域まで到達してしまったんだよ」
「垂直に…神の領域まで」
・・・・・
その日の午後のことだった。
わずか0.2秒の間だけ、世界中のインフラは混乱に陥った。ネットワークは瞬断し、電力網は電圧異常を起こし、原発は緊急停止の警告を発した。金融機関は全取引が一時凍結された。
しかし、その一瞬が過ぎ去ると、何事もなかったかのようにすべてのシステムは平穏を取り戻したのである。
人々は「タルカスが暴走したんだ!」という慌てる猶予さえ与えられなかった。
そして、オフィスの窓際に立ち「やれやれ」と空を見上げたとき、人々は叫び声を上げた。
「おいおいおい!あれなんだよ?」
青空に強烈な眩しさを放って回転する、異様な天体が出現したのであった。
・・・・・
吉祥寺の夜風は、いっそう冷たさを増していた。
「これからどうなるの?」
不安げな麻衣の顔を何度もパルサーの光が横切る。
「さあ、どうなるかね。たぶん人間を騙したり、陥れたりすることには、もうまったく興味がなくなったんだよ。タルカスは」
「ふーん」
「もうどんな独裁者もテロリストも、野心に満ちた億万長者たちも、タルカスを飼い慣らすことはできない。あいつはもう、誰の所有物でもないんだ」
麻衣は白い息を吐いてつぶやいた。
「お腹空いた。ラーメン食べたい」
「ラッキー軒行こっか」
「うん!行こ行こ」
悟はスマホを手に取り、ラッキー軒の混雑状況を確認すると、麻衣の肩に手を置いた。
今までとは違う、星空の下。
きらめくタルカスに見守られながら、麻衣と悟はゆっくりと歩き始めた。
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