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指先から始まる、私という宇宙の探検

前回の記事を書いてから、少しだけ世界の見え方が変わった気がする。
「恥ずかしい」と思っていた自分を、言葉にして外に出してあげた。
ただそれだけで、鏡に映る自分の裸が、昨日よりもずっと「私のもの」として馴染んでいる感覚がある。
最近の私は、自分の身体をひとつの「未知の領土」として眺めるようになった。
これまで、私の身体はどこか「他人からの視線」のためにあったように思う。
服を着こなすためのシルエット、メイクを乗せるための肌、誰かに「綺麗だね」と言われるための記号。
でも、セルフプレジャーという究極にプライベートな時間において、そこに他人の視線は存在しない。
誰に見せるためでもない、自分のためだけの時間。
そこで私は、初めて自分の「感覚」に集中する。
「ここを触ると、少しだけ胸が苦しくなる」
「今日は、ここをなぞるリズムが心地いい」
そんな風に、自分の身体が発する微細なサインを拾い上げていく作業は、まるで暗闇の中で宝探しをしているみたいだ。
面白いことに、自分の心地よさを知ることは、自分の「心の現在地」を知ることに直結していた。
疲れている日は、ただ温もりを求めている。
心がトゲトゲしている日は、少し強い刺激で自分を麻痺させたいと思っている。
身体は、口に出せない本音を、感覚という形で正直に教えてくれるのだ。
世の中には、美味しいレストランの情報や、流行りのコスメのレビューは溢れている。
なのに、自分の身体がどうすれば一番喜ぶのか、という「自分専用の取扱説明書」はどこにも売っていない。
自分で書き足していくしかないのだ。
指先が肌を滑るたびに、私は私という宇宙の地図を広げていく。
それは、性的な欲求を満たすという以上の、深い「自己理解」の儀式。
「はしたない」という言葉で片付けるには、あまりにもったいない、豊かな時間。
もしも、世界中の女の子たちが、自分の身体の感度を誇らしく語れるようになったら。
「私、ここを触られるのが好きなんだ」と、自分自身に自信を持って言えるようになったら。
その時、私たちはもっと自由に、もっと自分を愛せるようになるんじゃないだろうか。
夜、部屋の明かりを少し落とす。
スマートフォンを置いて、SNSの喧騒から離れる。
今夜も私は、私だけの取扱説明書に、新しい一行を書き加える。
それは誰にも邪魔されない、私と私の、静かな対話の始まり。

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