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『僕だけが知っている君』第9話

翌朝。


○○が会社に着くと、いろははすでに席についていた。


いつものようにパソコンに向かっている。


○○「おはようございます」


いろは「……おはようございます」


会社では、それだけ。


けれど、昨日までとは少し違った。


いろはは一瞬だけ○○を見て――小さく頷いた。


○○も頷き返す。


それだけのやり取り。


でも、二人にとっては十分だった。


昨夜。


いろは「私、頑張ってみてもいいかな」


○○「もちろん」


その言葉を思い出しながら、○○は席についた。



---


午前九時半。


梅澤「奥田、昨日の続きお願い」


いろは「……はい」


資料を受け取り、いろはは作業を始める。


昨日までなら、分からない部分があっても一人で抱え込んでいた。


けれど今日は――。


いろは「……梅澤さん」


梅澤「ん?」


いろは「この部分なんですけど……」


梅澤「ここ?」


いろは「はい。昨日教えてもらった方法で合ってますか?」


梅澤「うん。それで大丈夫」


いろは「……ありがとうございます」


梅澤「分からなかったら、ちゃんと聞いてね」


いろは「……はい」


少し離れた場所から見ていた○○は、思わず微笑んだ。


――ちゃんと聞けた。


それだけで嬉しかった。


しかし。


それを見ていた菅原が口を開く。


菅原「最近、奥田さん変わりましたね」


梅澤「そう?」


菅原「前よりちょっと話すようになった気がします」


梅澤「……確かに」


二人の会話が聞こえたのか、いろはの手が止まる。


けれど、今度は俯かなかった。


そのまま作業を続けた。



---


昼休み。


○○は食堂へ向かおうとしていた。


そのとき。


小川「○○さん」


○○「ん?」


小川「今日、一緒に食べません?」


○○「いいよ」


二人で食堂へ向かう。


その途中。


小川「奥田さん、昨日褒められてましたよね」


○○「そうなの?」


小川「見てましたよ」


○○「……そっか」


小川「なんか、嬉しそうでした」


○○「うん」


小川「○○さんも嬉しそうですね」


○○「え?」


小川「顔に出てます」


○○「……そう?」


小川「はい」


○○は少し焦った。


――気をつけないと。


いろはとの関係を知られるわけにはいかない。


○○「まあ、先輩が褒められたら嬉しいだろ」


小川「そういうものですか?」


○○「そういうもの」


なんとか誤魔化す。


しかし――。


その会話を、少し離れた場所から菅原が聞いていた。


菅原「……」


何かを考えるように、二人の背中を見つめていた。



---


午後。


いろはに新しい仕事が任された。


梅澤「奥田、これお願い」


いろは「……はい」


資料を受け取る。


いろはは一度内容を確認し、分からない部分を自分で調べ始めた。


○○は自分の仕事をしながら、その様子を見ていた。


しばらくして。


いろは「……」


いろはが資料を持って立ち上がる。


梅澤のところへ向かう。


いろは「梅澤さん」


梅澤「どうした?」


いろは「ここだけ、どうしても分からなくて……」


梅澤「どれ?」


いろは「ここです」


梅澤「これはね――」


梅澤が説明する。


いろは「……なるほど」


梅澤「一回自分でやってみて」


いろは「はい」


席に戻る。


そして――。


一時間後。


いろは「……できた」


資料を確認する。


ミスはない。


いろはは小さく息を吐いた。


そして梅澤のところへ持っていく。


梅澤「……」


資料を確認する。


梅澤「うん。大丈夫」


いろは「……ありがとうございます」


梅澤「昨日より早かったね」


いろは「……はい」


梅澤「その調子でいいと思うよ」


いろは「……」


一瞬、いろはの表情が固まった。


そして。


いろは「……はい!」


今までより、少しだけ大きな声だった。


梅澤も驚いたように目を見開く。


「……」


周囲も少しだけ振り返る。


いろはは恥ずかしそうに席へ戻った。


○○はそんな彼女を見て、心の中で笑った。


――頑張ったな。



---


定時。


いろはは帰る準備をしていた。


○○はいつも通り少し時間を空ける。


いろはが先に会社を出る。


○○も数分後に会社を出た。


そして――。


帰宅。


○○「ただいま」


いろは「おかえり!」


玄関まで走ってくる。


○○「ただいま」


いろは「今日ね!」


○○「うん」


いろは「ちゃんとできた!」


○○「何を?」


いろは「仕事!」


○○「知ってるよ」


いろは「え?」


○○「見てたから」


いろは「……そっか」


嬉しそうに笑う。


いろは「今日ね、梅澤さんに『その調子でいい』って言われた」


○○「うん」


いろは「それだけなのに……」


いろはは胸元に手を当てる。


いろは「すごく嬉しかった」


○○「良かったな」


いろは「うん!」


○○「昨日より顔が明るい」


いろは「……○○くんのおかげ」


○○「俺は何もしてないよ」


いろは「してるよ」


○○「何を?」


いろは「帰ってきたら、いつも話を聞いてくれる」


○○「それだけ?」


いろは「それがいいの」


○○「……そっか」


いろは「うん」


少し沈黙。


いろはが○○を見る。


いろは「ねえ」


○○「ん?」


いろは「私、いつか会社で○○くんと普通に話せるかな」


○○「話せるよ」


いろは「……いつ?」


○○「それは分からない」


いろは「そっか……」


○○「でも、焦らなくていい」


いろは「うん」


○○「いろはが自分で大丈夫だと思えるようになったら、そのときでいい」


いろは「……分かった」


そのとき。


○○のスマホが鳴った。


会社のグループチャットだった。


明日の仕事についての連絡。


○○「……」


内容を確認する。


すると――。


『明日の午前、○○さんと奥田さんで一緒に対応してください』


いろは「……」


○○「……」


二人の目が合う。


いろは「明日……」


○○「うん」


いろは「二人で仕事だね」


○○「そうだな」


いろは「……楽しみ」


○○「会社では?」


いろは「……ちゃんと先輩と後輩する」


○○「偉い」


いろは「でも……」


○○「ん?」


いろは「ちょっとだけ嬉しい」


○○「俺も」


いろはは笑った。


しかし。


翌日、二人が担当する仕事は――。


これまでとは少し違っていた。


取引先との重要な打ち合わせ。


そして、その仕事がきっかけで。


○○は初めて、**会社でのいろはの「本当の実力」**を知ることになる。

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