「いいお母さんができてよかったね。」あの日、私は娘のお母さんだった。
主人のお母様の葬儀が終わったあと、娘は声をあげて泣いていた。
主人の娘は、生後6か月のころから、おばあちゃんに育てられた。
お母様は50歳から、もう一度子育てを始めたのだ。
娘にとって、おばあちゃんは「おばあちゃん」という言葉だけでは表せない存在だったのだと思う。
親戚のみなさんも、そのことを知っている。
どれほど大切に育ててもらったのか。
どれほど深い絆で結ばれていたのか。
だから、大好きなお母様を見送ったあと、娘の涙は止まらなかった。
私は、泣き続ける娘の隣にいた。
何を言えばいいのか分からなかった。
どんな言葉をかけても、その悲しみを小さくすることなどできないと思った。
だから私は、何も言わずに、ずっと娘の背中をさすっていた。
私は、主人の3番目の妻だ。
娘を産んだ母親ではない。
娘が小さかったころから育ててきたわけでもない。
普段の私たちは、親子というより、友達に近い。
一緒にごはんを食べて、買い物をして、たくさんおしゃべりをする。
娘も私に、いろいろな話をしてくれる。
私は、それで十分だと思っていた。
無理に「お母さん」になろうとしなくてもいい。
友達のように笑い合える今の関係が、私たちらしいと思っていた。
葬儀のあと、親戚の方が娘に言った。
「いいお母さんができて、よかったね」
その言葉を聞いたとき、私は少し驚いた。
私がお母さん?
私はただ、泣いている娘の背中をさすっていただけだった。
悲しみが少しでもやわらぐように。
一人ではないと伝わるように。
何も言えない代わりに、ずっと手を動かしていただけだった。
でも、あの日の私は、確かに娘のお母さんだったのかもしれない。
子どもを産んだから、お母さんになるとは限らない。
長い年月を一緒に過ごしたから、お母さんになるとも限らない。
誰かが深く悲しんでいるとき、そばを離れず、その背中に手を添える。
その人の悲しみをなくすことはできなくても、一人ではないと伝え続ける。
そんな瞬間に、人は誰かのお母さんになることがあるのかもしれない。
普段の私たちは、今も友達のような関係だ。
娘と呼ぶことにも、お母さんと呼ばれることにも、まだ少し不思議な気持ちがある。
それでも、あの日だけは思う。
泣き続ける娘の背中をさすっていた私は、確かにお母さんだった。
私は子どもを産んでいない。
けれど45歳の今、私には大切な娘がいる。
そして娘がいちばん悲しかったあの日、私は初めて、言葉ではなく、この手でお母さんになった。
