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読点「、」を考えること

ごあいさつ

こんにちは。

非常にくだらないことですが、
昨日の深夜に帰宅したら
通知マークの数字が…

またしてもゾロ目です

ついに「ファイズ」まで来ました。
(注:仮面ライダーネタです)

ここまで来たら、
次はオーメンを目指すかな…。

って目指すな!


読点どうしてます?

お遊びはここまでにして、本題です。

最近、いくつかの場所で
『「読点」の打ち方に悩む』という方の
お話を聞きました。

読点とは、
文章を区切る『、』のことです。

私の場合は
あまり悩まずに打っているので、
ここで少し「自分的なルール」を
分析してみることにしました。


この文を例に挙げてみる

本題の最初の一文
「お遊びはここまでにして、本題です。」

私、今「ここまでにして」の後に
読点を打ちました。

これは「本題です」という単語を
強調する目的の…
口頭で話をするときで言えば
わずかな『間』です。

で、さっきの「私、今」という文では、
「私今」と書くと
パッと見てわかりづらいので
読点を打ちました。

「わたし今」と書く手もあるのですが、
それほど急いた文脈ではないので
(言葉で話したリズムを考えて)
「私」の後に『間』を入れました。

こんなふうに書いていくと
いくらでも書けます。

そう、読点を打つには
ちゃんと理由があるのです…
私の場合。

もちろん、人によって
読点を打つ「理由」は
それぞれあると思います。

ここでは、あくまで
私のケースについて
お話したいと思います。


【ケースその1】
 話の『間』として打つ

これは、その文章を
「話し言葉として」読んだ場合に
どこで『間』(あるいは息継ぎ)を
置くか、という考え方です。

息継ぎがないか、
極端に少ない文章では
話の意味が取りづらいことがあります。

それを防ぐ目的でも、
「息継ぎ」的なキリのいい場所で
読点を打ったほうがいいでしょう。

たぶん、難しいのは
(悩みやすいのは)
この「キリのいい場所」を
どう決めるか、ということではないかと
思いますが…。

あと、もうひとつ。

話すときに、
次の単語を強調したい場合に
半拍ほどのわずかな間を
置く場合があります。

そう、読点は
「次の単語の強調」にも
使うことがあるのです。


【ケースその2】
 視認性のために打つ

これは、その文章をパッと見たときに
文章の意味がスッと取れるために
打つ、という考え方です。

特に文章が長くなると、
読点を打つ頻度と場所によっては
非常に「意味がわかりにくい」ことに
なってしまいます。

たぶん、難しいのは
(悩みやすいのは)
こちらの読点の打ち方でしょうね。

そしてこれは、前の項目で挙げた
『「息継ぎ」的なキリのいい場所』
という話にも通じると思います。

あと、もうひとつ。

いま「あと、もうひとつ」と書きました。

「あともうひとつ。」
これでも意味は通りますが、
パッと見てわかりづらいですよね。

現代の文章事情は混沌としていますが、
「読み仮名がわかりにくい漢字」は
ひらがなに開いて書く、というのも
視認性に関するひとつのTipsです。

ただ、そうすると、どうしても
「ひらがな」が多くなってしまい、
別の意味で視認性が悪くなってしまいます。

そこで読点の出番なのです。

先ほどの文章で
「ただそうするとどうしても」と
書かなかったのは、この意味です。


実例をもうひとつ

「なにとぞよろしくおねがいいたします。」

この文、パッと見て
読みにくくないですか?

「何卒宜しくお願い致します。」

この、明治時代のような文章を
ひらがなに開いただけなんですが。

…どっちもどっちですよね。
パッと見た読みづらさの点で言えば。

私ならこう書きます。
「なにとぞ、よろしくお願いいたします。」

「視認性」と「話した場合の間」の
両方を考えると、答えはこうなるのです。


おわりに

思いつくままに
読点の打ち方について
いろいろ考えてみました。

かなり昔のことになりますが、
太宰治の戦後の作品を読んでいて
「読点を打つ頻度が高い」ことに
気がついたことがあります。

なんでだろうな、と考えて、
「視認性」の問題と
「話すときの間」の問題の
両方の側面があるのでは、と
思い至りました。

今回は、その考えを
すこし述べてみたしだいです。

…もうこれでネタは尽きたので
次回はまた柔らか~い
アホみたいな日常話をしようかなと…。

なんにも思いついてないんですけどね。

それでは、また。

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