漢字を「ひらく」文化のこと
ごあいさつ
こんにちは。
昨夜、Geminiさんと
「私がChatGPTにした質問」について
とても濃い内容の話をしました。
その中からテーマを絞って
話題の種を拾ってみたいと思います。
漢字を「ひらく」文化と揺り戻し
もともとは、
私がChatGPTにした
次のような質問から始まりました。
ありがとう。この記事を書いていて思ったことです。
主に戦後以降「漢字をひらいて書く文化」が急速に広まったと思います。
それが、ここ最近で「漢字で書けるところは、できるだけ漢字で書く」方向に揺り戻しが来ていると感じます。
これは、PCやスマホで文章を打ちこむ機会が激増し、最近では「文章を書く」となると、ほぼ全ての人がPCやスマホに「入力→変換」して書くようになったことと切り離せないと思います。
一般に「流通している(つまり商業的な)」文章で、このような「揺り戻し」が来はじめたのはいつ頃なのでしょうか?
また、現状では、どうなっているのでしょうか?
あなたの見解が聞きたいです。
ここでChatGPTの回答を
そのままコピペしたのでは、
なんの面白味もない記事に
なってしまいます。
結論を言えば、
私が感じていることは
わりと正確なんだそうです。
戦後の理想「誰でも読める」
から、
現代の理想「素早く読める」
に、価値観が変わった。
…雑にまとめると、
そういうことになるらしいです。
この「素早く」なんてのも
私は「すばやく」と書きたいですね。
そのほうが直感的にわかりませんか?
「素早く読める」
「すばやく読める」
この違い。
あと、もっと速度を強調したいなら
単に
「速く読める」
と書きますね。
こういうことを気にして
小説なんかを書いたりとか
しているわけなんですよ私は。
まあ、AI相手にえばっても
しゃーないですね。
私のわるいクセです。
漢字を「ひらく」文化の変遷
ChatGPTが述べた内容が
気になる方も
いらっしゃるかもしれないと
思いますので…
AIの回答に
読みやすく手を加えたものを、
以下に貼っておきます。
(基本的にはAIの回答です。
誤りがあるかもしれないので
確認するようにしてください)
1.戦後~1980年代
戦後の日本語表記は、「漢字を減らし、ひらがなを増やす」方向へ大きく舵を切るところから始まりました。
これは自然発生的な流行というより、政策と教育によって強く後押しされた流れでした。
占領期においてはGHQの影響のもと、日本政府の言語政策が再設計され、のちの文化庁へと続く機関によって当用漢字・現代仮名遣いなどが整備されます。
目標は識字率の向上と教育の簡素化であり、同時に「誰でも読める文章」が理想とされました。
この時代には新聞や出版社の編集方針もそれに沿い、たとえば朝日新聞や講談社などの大手媒体は、漢字を減らしひらがなを増やす方向を積極的に採用しました。
こうして「ひらく文化」は1980年代頃まで、ほぼ疑われることのない標準として定着します。
2.PC登場(1990年代)
しかし1990年代、ワープロやパソコンが普及し始めると、静かな変化が起こります。
手書き時代には漢字を書くこと自体が負担だったため、ひらがなが合理的でしたが、変換入力ではそのコスト差が消えました。
編集現場では次第に、ひらがなが多すぎる文章は幼く見える、読みにくいという感覚が共有され始めます。
ただしこの時点では公式のスタイルが急に変わったわけではなく、現場の感覚が先行する段階でした。
3.転換点:2000年代後半~2010年代
転換が明確になるのは2000年代後半から2010年代です。
ブログやSNSなどネット文章が爆発的に増え、プロ以外も大量に文章を書くようになると、「読みやすさ」の意味が変わりました。
紙の文章が音読に近い読み方だったのに対し、画面の文章は流し読み・スキャン読書が主流になります。
この読み方では漢字が視覚的な目印となり、ひらがなが多い文章はかえって読みにくいと感じられるようになりました。
さらにスマートフォンの普及がこの傾向を決定づけます。
小さな画面で素早く読む環境では、漢字が視線を止めるランドマークとして機能するため、可読性の観点から漢字が再評価されました。
4.「揺り戻し」が見え始めた時期
同時に、企業のWeb記事やオウンドメディアなどビジネス文章の世界でも方針が変わります。
2010年代以降の編集ガイドでは「ひらきすぎない」ことが推奨され、完全なひらきでも全面的な漢字化でもない中庸のスタイルが広がりました。
この変化が商業文章として広く認識され始めたのは、およそ2015年から2020年頃です。
この頃には「ひらきすぎは古い」という感覚が編集現場で共有されるようになりました。
5.現在の主流(2020年代)
現在の標準は、媒体ごとに多少の差はあるものの、全体として「中庸だがやや漢字寄り」と言えます。
新聞は比較的ひらきが多く、書籍は中間、Web記事や個人の文章はやや漢字が多い傾向です。
戦後の理想が「誰でも読める」だったのに対し、現代の理想は「素早く読める」へと変化しました。
戦後以来続いてきたひらき文化が消えたわけではありませんが、絶対的な正解ではなくなり、可読性という新しい基準のもとで再設計された段階にあると言えます。
私の感想(まとめ)
たしかに現代は、
なんでもかんでも「ひらけばいい」文化は
すでに終焉を迎えている体感です。
これ、ライターの方は
「確かに現代は、何でもかんでも」
とか、書くんですかね?
いや、現代のライターの
標準になる指標は知らんけれども。
AIが言ったように、
「中庸だがやや漢字寄り」の
文章を多く見かけるようになりました。
「新聞は比較的ひらきが多く」
これですよ。
たぶん、新聞にはまだ内部で
「ガイドライン」的な指標が
使われている感触です。
しかし、私などは
(古い人間なので)
新聞の書きかたを
ひとつの「ガイドライン」として
参考にしたいクチなんですね。
もちろん、小説を書くうえでは
そこから「あえて」
はみだしたり、逸脱したりして
文章表現を行っていくわけですが。
「読みやすさ」を考慮せずに
変換されるままの漢字で
打っているであろう
商業Web記事などを見かけると…
「うわぁ…」
(これでお金貰ってるの?)
と、思ってしまう
今日この頃なのでした。
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