気にし過ぎ,考え過ぎの末路
私は今、約2週間程かけて、とあるドラマを見続けている。一言で言えば、アメリカの脱獄ストーリー。旦那と付き合ってすぐの頃から、ずっと勧められてきた。言われた当初に1度だけ、始めの2.3話くらい見たのだけれど。当時の私には見るに堪えない程の暴力シーンの連続。更に、簡単に人が殺されたり裏切り合ったり。いくら大好きな人の勧める作品であっても、私はその先を見ようとは到底思わなかった。それ以降、一度も見ることはなく数年が過ぎた。
それが今になって、今の私なら見れるかもしれない!っと我ながら思ったんだよね。というのも、旦那と行く映画のジャンルが、ここ数年ではホラーが多かった。それまでの私には無縁だったジャンル。それでも、回数を重ねる度に映画館でも配信系でも、それなりに見れるようになってきた。他にも、旦那が家で見るドラマと言えば殴り合いや殺し合い系のジャンルばかり。敬遠して見てる時もあったけれども、1番直近のドラマに関しては、それなりにグロいなと感じるシーンでも悲鳴を挙げずに見続けた。話の展開に目を向けたり、これはドラマだって自分に言い聞かせたりしながら。演者の人達も、それが仕事なんだ。いかにリアルに表現するのかが大事だからって思いを馳せながら。とにかく自分の中に湧き出る恐怖心を和らげるように意識しながら、大人しく見続けた。
そんな耐性を、少なからず身につけつつある今の私だからこそ、これを1つきっかけに再び挑戦しようと思ったんだよね。
見始めてからは、やっぱりグロいな、怖いな、とにかく色々ヤバいな、ついていけないレベルの展開だな、、、。我ながら楽しいとは言い難い感情のままに見続けていた。途中から、そんな恐怖心を感じるようなシーンにさえも段々と慣れてきた。いちいち目を細めて見たり、悲鳴を挙げる事も無くなった。むしろ、あら〜、結果こうなっちゃったのねと、落ち着いて理解するようになった気がしている。
数年前の私だったら見なかったであろうジャンルのドラマを見て、私は、登場人物達の思考や行動から冷静に学ぶ事が沢山あるなって日々思って見ている。例えば、人をよく見て本当に信頼するかどうか見極めたり、何かと一つ一つの行動や言動に意味や目的が明確にあったり。今の私には無いなーって思う人間性が沢山潜んでいる感じがした。
また、『なんで旦那が何年かけてでも私に勧めてくるのか。このドラマを楽しいと思って見ている人達の心理は何なのか。』そんな疑問に興味を持ちながら先へ先へとドラマを進めた。
そして私は人間性に興味を持って調べ始めた。私と旦那の根本的なタイプの違い、価値観の違い、性格の違い。全部見事に納得するような記事ばかりだった。『お互いの違いと良好な関わり方や、そもそも苦手なジャンルを無理して見る必要は無いし、性格を無理して変える必要も無い』ってな事が沢山出てきた。私なりに、それなりに納得していた。
その後もドラマを進めていくと、なんとなく話の展開が本当なのか、作り話なのか、みたいなことを想像しながら見るようになった。そして私は、それが本当なのか分からないと怖いなって思うし、単純に気になるしってことで。時には途中で調べながら、やっと半分くらいは見終えたかなって感覚。
そんな話を旦那に話して、『見続けてる自分を主張したかったし、話の展開に対しても私なりに思いながら見てるってこと』を伝えたかっただけなんだけどね。それが、私がネタバレしながら見てるって知った途端、「そんなんじゃ面白くない!」と、強い口調で言い放たれちゃって。私なりに「その方が私は安心して見れるの。怖がって途中で見なくなるってことが無くて、私なりに見てるの」って伝えた。それでも旦那は続けて「俺は、そんな見方をするなんて全否定だ!」と再び強く言い捨てた。
私は、その後も自分の主張をボソボソ言ったものの旦那の理解は全くなく、むしろ否定されるばかりだったので一気に黙り続けた。そして私は、『そんなに全否定される程の考え方をしてるのか?そんなつもりは全く無いのに、そんなに私っておかしいの?』みたいな疑問が溢れてきた。
その後、私はスマホを手に取り調べ始めた。黙々と私の考え方、価値観、全否定される意味の答えを探した。結果的には、そんなに全否定される程の回答ではないように思った。もちろん、作り手側からしたら、ドキドキやワクワクを存分に楽しんでもらいたいのにネタバレするのはナンセンスなのかもしれない。
けれど、私みたいに、【そもそも感受性の強い人間】は、映像の中のストーリーであっても印象的に残りやすく、下手したら日常生活に支障をきたすレベルで蘇ってきたりする訳だ。だからこそ、そのドキドキやワクワクを軽減して、少しでも安心して見るためには良好な対策なんだそうだ。
私は私なりに納得するものの、旦那との価値観の違いに納得出来ずにいた私は、『何をモヤモヤし続けてるのか?』と自問した。結果は『要は、私は傷ついているからモヤモヤしている』ってことに自分で気づいた。『私は私なりに満足してることなのに、自己主張した途端に全否定された』って。
でも、旦那からしたら、私が勝手に傷ついてるだけらしい。「何を言われたとて、俺だったら気にしない」って、その一言。だから「私は傷つきやすい人間なの。普段からm__lovemiはそういう人間だって思って話したりしないの?」って聞いてみたんだよね。そしたら逆に「なんで家に帰ってきてまで、そんな気遣って話さないかんのだ?」言われてしまった。
確かにそうだよね、旦那からしたら私は家族だから。だから今までも私と真逆なことでもストレートに言い続けているし、私が凹んだり泣いたりしても『m__lovemiの考え過ぎ、気にし過ぎ』で解決してしまう。みたいな。
今回の件については、ドラマの会話を発端に、色んな私なりの解釈だったり、気持ちやら疑問やらを沢山話してみた。そしたら、何度も鼻で笑われたり相手にされなかったり。まともな会話ってよりは、ただ面倒くさがられた感じだった。実際に聞いても「面倒くさい」は否定しなかったし。
それでも、旦那的に要は『気になったから思ったことを言っただけだし、m__lovemiの考え過ぎ・気にし過ぎ&面倒くさい奴』ってことだ。きっと毎回のように思われることなんだろうけれども、あくまでも家族が故に、旦那としては改める気持ちは無いのだろうと解釈した。
「今の私は今の私だし、これから少しづつ変わっていくって思ってる!」とか、「現状を知ることって大事で、納得して次に繋げるんだもん!」とか。ブログでよく言うような事も旦那に伝えたけれども、まるで理解不能らしい。
でも、
【いつまでもモヤモヤし続ける私=気にし過ぎ、考え過ぎ、面倒くさい奴】
ってことなのは納得する。
自覚はしているものの、どうしても相手に対して自分への理解を求めようとしてる自分がいる。むしろ、理解されない現実や否定する相手への悲しみで傷ついた自分。『私が悲しいのは、傷ついたのは、旦那の発言のせいじゃん』って。そう感じる自分に目を向けずに簡単に逃げて、結果、自分以外の相手に責任を投げ付ける。みたいな。そんな自分が、きっと1番もどかしい。
私の言い分としては、『私は旦那から勧められて見始めてるのに、その旦那張本人から見方を全否定された。』と最初こそ思った。けれど、『旦那から勧められたとはいえ自分の意思で見てるのは間違いなく私じゃん?』って、続けて思った訳だ。相手に認められなくても私は私だし、あくまでも今回の旦那に関して言えば『m__lovemiを否定した訳じゃない。ただ思ったことを言っただけ』なのに。単純に気になったことを言っただけの人間に対して、いつまでもモヤモヤな感情を抱く時点で、相変わらず自分の器が小さいってことにも繋がるのかな。
逆を言えば『考え過ぎない、気にし過ぎない』を意識することで、今のモヤモヤは晴れる感じがした。私は私だし、旦那は旦那。家族とはいえ元は他人な訳で。だけど、家族だからこそ気も遣いたくないんだね。だからこそ、意見の食い違いに対しても必然的にストレートになるし。つまりは『気にしたら負け・考えたら負けってことなのかな?』なんて、気にもなる。気にした方が面倒くさい人間になる気がして、大概それが自分な気がして。少しでも早く何とかしたいものだなと、改めて考えさせられましたってな話です。

