日本的ポスト・モダン批判 ――「逃走」という様式はいかにして知の自己修正性を回避したのか
序論 問題設定――「逃走」は何をもたらしたのか
本稿は、日本におけるポスト・モダン思想の一潮流が、「逃走」という概念を通じて、知の自己修正性を回避する構造をいかに形成したのかを分析するものです。
1980年代の日本では、いわゆるニュー・アカデミズムが登場し、知のあり方に大きな変化が生じました。
その中心的存在として語られることの多い浅田彰に象徴される言説潮流は、しばしば、知を「重厚で体系的な探究」から「軽やかな操作と横断」へと転換したものとして評価されてきました。
しかし、本稿が問うのは、その変化の価値そのものではありません。
問題は、それが誤りを訂正する能力をどのように変質させたのかという点にあります。
知にとって本当に重要なのは、常に正しいことではありません。
むしろ重要なのは、誤りがあったときに、それを認め、検証し、修正できることです。
ところが、言説がつねに移動し、立場が固定されず、責任主体が曖昧になると、誤りを誤りとして確定することそのものが難しくなります。
本稿では、この問題を、「逃走」という知的様式が、いかにして知の自己修正性を弱めたのかという観点から考察します。
1. 知のモード転換 ーー体系から遊戯へ
1980年代の日本において、思想は従来の「重厚で体系的な営為」から、「軽やかに引用し、横断し、組み替える営為」へと大きく移行していきました。
この変化は、高度消費社会の進展と軌を一にしていました。
知は、理解されるべきものというより、しばしば流通し、消費されるものへと変わっていきます。
その結果、何を語るかよりも、どれだけ多くの概念を扱えるかが重視され、内容の検証よりも、記号の運用の巧みさが評価される傾向が強まりました。
ここでは、知は次第に理解の対象ではなく、記号的に消費される対象へと変質していきます。
それは思想の自由化でもありましたが、同時に、検証可能性の後退でもありました。
体系的な知は、ときに硬直しがちです。
しかしその反面、少なくともどこに命題があり、どこに反論し、どこを訂正すべきかが見えやすいという利点を持っています。
それに対して、遊戯化した知は柔軟ですが、命題の輪郭そのものが曖昧になりやすく、批判と修正の回路が働きにくくなります。
2. 「逃走」という様式と責任の希薄化
いわゆる「スキゾ」的思考様式は、固定化された構造からの離脱、単一の意味への拘束からの解放、中心の解体を志向するものでした。
その意図には、閉塞した秩序や権威に対する批判的契機が含まれていました。
しかし、その実践においては、しばしば次のような効果をもたらしました。
主体の解体により、発言の責任主体が曖昧になること
あらゆる主張が相対化される一方で、特定の前提は検証されないこと
命題が固定されないため、反証可能性そのものが弱まること
その結果、「どこにも固定されないこと」それ自体が価値とされる一方で、言説の妥当性や責任を引き受ける契機が弱まっていきました。
ここで重要なのは、単に「曖昧な言説が増えた」ということではありません。
より本質的なのは、誤りを誤りとして確定し、それを訂正するための回路そのものが弱くなったという点です。
つまり、「逃走」が常態化すると、命題の責任主体も検証対象も流動化し、批判は内容の訂正へ向かわず、立場や感性の問題へとずらされやすくなります。
その結果、知の自己修正性は制度的にも認識的にも後退していくのです。
3. 日本的特徴 ーーシニシズムと回避の様式
このような知のあり方は、日本において特有の形で展開しました。
その代表的な特徴は、批判に先回りして無効化する態度にあります。
たとえば、次のような反応が典型的です。
「それはすでに相対化されている」として、批判を先取り的に無効化する
誤りの指摘に対して、「確実な真理を求める態度そのものが問題だ」と応答する
検証が行われる前に、新たな概念や話題へ移行し、議論の定着を回避する
これらに共通しているのは、批判を訂正の契機として受け取るのではなく、素朴さの表れとして退ける傾向です。
ここでは、議論は深まるのではなく、つねに別の記号操作へと移動し、検証可能な地点に定着しにくくなります。
この態度は、単純な教条主義とは異なります。
むしろ一見すると柔軟で、批判的で、開かれているようにも見えます。
しかし実際には、何ものにも固定されないことによって、何ものにも応答しない構造を作り出しうるのです。
その意味で、日本的ポスト・モダンの一部は、教条主義とは別の仕方で、自己修正を回避する知の様式を生み出したと言えます。
4. 知的態度の問題 ーー専門性と比喩の混同
この潮流においては、西洋思想の用語や理論が比喩的・象徴的に用いられる一方で、それらの理論的背景や本来の射程に対する検証が十分に行われない場合がありました。
その結果、次のような構造が生じます。
専門用語が、象徴的な効果を持つ装置として機能する
概念の意味内容よりも、語の響きや配置そのものが価値を持つ
専門家からの指摘が、「文脈の違い」や「読みの多様性」として退けられる
ここでは、知は対話的に検証されるものではなく、閉じた言説空間の内部で循環するものとなります。
もちろん、比喩や横断的応用そのものが悪いわけではありません。
問題は、比喩として用いることと、理論として主張することの区別が曖昧になることです。
この区別が失われると、言葉の射程に対する責任もまた曖昧になります。
その結果、知は理解を深めるための手段ではなく、権威や洗練を演出する記号へと変わっていきます。
これは知の拡張ではなく、むしろ知の検証可能性を内部から弱める現象です。
5. 制度的背景 ーーアカデミズムとメディアの相互作用
この構造の形成には、個々の思想家の資質だけではなく、制度的要因も深く関わっています。
まず、メディア環境においては、断片的で刺激的な知識が流通しやすくなりました。
概念の新しさや言い回しの鮮やかさは、高い可視性を持ちます。
一方で、地味で持続的な検証や訂正の作業は目立ちにくく、市場的な魅力を持ちにくいものです。
また、批評そのものが、真理への接近よりも、洗練された表現や知的スタイルとして評価される傾向も強まりました。
その結果、知は検証可能性よりも、流通速度や印象効果によって評価されやすくなります。
さらに、アカデミズム内部の権威と、メディアが求める新奇性・話題性とが相互補強することで、検証可能性よりも流通可能性が優先される環境が形成されました。
このような条件のもとでは、誤りを認めて修正するよりも、新しい概念へ移動し続けることのほうが有利になります。
その結果、知の自己修正性は制度的に弱まり、言説はよりいっそう「逃走」しやすくなっていきます。
6. 規範としての「無知の自覚」
この問題を再考するうえで重要になるのが、ソクラテスのいう「無知の知」です。
これは単なる謙虚さの道徳ではありません。
むしろ、知が開かれたままであるための、認識的かつ制度的な条件です。
それは、たとえば次のような態度を意味します。
自らの限界を自覚すること
誤りを認めることを避けないこと
対話を通じて理解を更新すること
わからないことを、わからないまま言えること
知が閉じるのは、無知があるからではありません。
無知を隠し、理解していないことを理解しているかのように装うとき、知は閉じます。
したがって、「無知の自覚」は知の倫理であると同時に、知が自己修正可能であり続けるための最小条件でもあります。
7. 一般理論 ーー自己修正性を失った知の構造
本稿の観点からすれば、問題の本質は個々の思想の内容そのものではありません。
より重要なのは、知が自己修正できるかどうかという構造的条件です。
誤りが指摘されても訂正されず、批判が受け入れられず、制度が変化しないとき、知は徐々に閉じた体系へと変化していきます。
このような状態では、次のような循環が生じます。
誤りが蓄積する
外部との対話が困難になる
内部の正当化が強まる
制度がさらに閉鎖的になる
したがって問題は、「何が正しいか」だけではありません。
それ以上に重要なのは、正しさを更新できる構造が存在しているかどうかです。
言い換えれば、知に必要なのは無謬性ではなく、訂正可能性です。
そして、訂正可能性を失った知は、どれほど洗練されて見えても、やがて自己正当化的な閉鎖へと向かいます。
結論 ーー静かな構造分析への回帰
日本のポスト・モダンが示した一つの教訓は、構造からの自由が、責任からの離脱と結びつくとき、知は自己修正能力を失うということです。
私たちが再構築すべきなのは、華やかな言説そのものではありません。
必要なのは、有限な立場から出発し、その限界を引き受けながら、理解を更新し続ける知のあり方です。
知らないことを、知らないと認めること。
言葉の意味とその射程に責任を持つこと。
批判を排除せず、むしろ訂正の契機として受け入れること。
このような静かで持続的な思索の態度こそが、開かれた知の条件であり、知の公共性を支える基盤であると言えるでしょう。
